未来そうぞう日記

知的障害を持った息子と巡る日曜の東京、神奈川周辺の散歩、未来予想(妄想?)、そして気になる話題を報告します。

どこから見た富士山が良いか?

今週のお題「わたしの実家」

 

2月23日は天皇誕生日ですが静岡県民にとっては富士山の日でもあります。

静岡の人たちは富士山が見えたとか、今日の富士山は綺麗だったとか、今年は雪が少ないとか日常会話で頻繁に出てきます。

実家のある三島市から見る富士山は江戸時代の大噴火でできた宝永火口が正面に見えます。よく山梨の人も交えてどこから見える富士山が良いかという論争が起きますが、美的価値観で言うとお札のモデルになっている本栖湖からの富士山乙女峠からの富士山などに比べると火口がぽっかり口を開けている三島からの富士山は「いまいち」かもしれません。

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それでも三島の人は昔から慣れ親しんだ宝永火口が正面にあり、手前に愛鷹山があるこの景色の富士山が一番だと思っています。というより、富士山が近くに見えるエリアの人たちは多くが自分たちの地元の富士山が一番だと思っていたりしますね。

 

こちらは夕方の富士山。三島市から見ると富士山は北にあり、夕暮れは左側からの夕日を浴びた赤富士になります。

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だから、子供のころは富士山を目印に方角を確認してましたね。また、三島は湧水でも有名ですが冬、富士山に降った雪の量が夏の湧水量に影響があります。実際は冬に降った雪がその夏に湧くのではなく、50年とか100年かけて富士山の下の地下水脈を通って湧くのですが、冬に降った雪が多いと押し出す水量が多くなり、その夏の湧水量に影響があるという話だそうです。スターウォーズのフォースではありませんが三島の人たちは本当富士山とともに生きている感じです。

こちらは新幹線三島駅から徒歩数分の場所にある白滝公園の脇を流れる桜川です。

住宅地の中で透明度の高い湧き水の川遊びができます。

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なお、真夏にこのような雪のない富士山は三島でも月に2,3回くらいしか見れないので帰省時に見れたりすると本当ラッキーですね。

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よく見ると宝永火口より上に少し白い点が見えますがこちらは残雪です。地上では35度を超える真夏でも雪が残るくらい高い場所であることがわかりますね。こんなにきれいに見える日は夜になると登山者たちが見つけているライトの灯りがジグザグに見えたりします。

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実家から出て30年以上経ちますが、今の住んでいる神奈川県東部でも富士山は見えます。横浜に住んでた頃はマンションのベランダから電線の僅かな隙間で、丹沢の山々から顔を出している小さな富士山ですが見ることができました。

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残念ながら今の自宅からは見ることができないですが20分くらい出掛ければ見ることはできます。見れる時期は秋から冬にかけての快晴の日に限られますが見れると嬉しいですね。自分にとっては実家の三島から見える富士山が一番であることは変わりないが今ではこの小さな富士山もマイフェバリットの一つであることは間違いないですね。

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ビル群とのコラボ、浜離宮恩賜庭園

前回の新橋駅散歩続き。

 

今回の散歩目的の浜離宮恩賜庭園に着きました。

築地川の上の大手門橋を渡ると入り口があります。

浜離宮は元々将軍家の鷹狩場で何もないところだったのですが、四代将軍徳川家綱の弟、松平綱重が屋敷を立て、六代将軍家宣の時に改修して将軍家の別邸「浜御殿」となり、そして明治時代、皇室の離宮浜離宮」となったそうです。

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こちらは家宣が改修した三百年の松。都内最大級とか。横にいる人と比べて巨大なことが良く分かります。手入れされている庭の松は結構高い(〇百万円レベル)とかなのでこれは相当高価かも。

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紅葉を見つけました。青い空とビルを背景に撮影。

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ただし、元々もみじの木が少ないのに加え、ピークを過ぎていたようで、小石川後楽園と比べると少し寂しいですね。

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こちらは芳梅亭。有料の集会場です。3600円で3時間借りれます。

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可美真手命像。読み方は「うまし-ま-での-みこと-ぞう」。古事記日本書紀よると、神武天皇の東征時に活躍したとか。物部(もののべ)氏の祖と言われています。

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汐入の池の「お伝い橋」。クランクが良いアクセントになってますね。

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前方に見えるのは中島の御茶屋

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こちらのテラス席で水辺の景色を眺めながらティータイムが楽しめます。

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こちらは汐留川水門。こちらから先は海ですね。

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対岸のタワーマンションのあたりは勝どきですね。

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振り返ると南遠方にはレインボーブリッジがあります。

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また、西側には東京タワーが見えます。

この庭園が閉まるのは17:00ですので12月、1月ならば夜景を楽しむこともできます。

なお、10月には夜間特別開放もやっているみたいです。

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こちらは横堀水門。潮の干満を利用して汐入の池への海水流入をコントロールしていたようです。

f:id:dad_aslan:20211227222613j:plainそしてここは水上バスの発着場所。有料の庭園から船に乗れるというのは珍しいですね。ちなみにこちらで船に乗るだけでも入園料は必要です。(若干割引があるという噂があるが、、、)

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こちらは旧稲武神社、お稲荷さんですね。

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こちらは花畑。秋はコスモス、春は菜の花で埋め尽くされますが今はまだまだ。

それでもビル群を背景にした緑の畑はちょっと面白い風景ですね。

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こちらは内堀です。この庭園は「水」を使った景色が得意ですが、現代ではさらにビルという異空間の森とコラボしている庭園とも言えそうですね。

結構、休憩できるベンチもあるので1日有休を取ってのんびり過ごすのも良いかもしれません。

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新橋駅散歩 富士通、電通、ヤクルト本社に中銀カプセルタワー

今回の散歩は新橋駅。

 

小石川後楽園で紅葉を見た後、浜離宮の紅葉も見るために新橋駅に移動しました。

サントリーハイボールの広告が似合う駅、サラリーマンの町「新橋」ですが居酒屋が多い西側ではなく汐留のある東側を散歩します。f:id:dad_aslan:20211227221619j:plain

先ず、目についたのはこの巨大ポスターの下にある蒸気機関車D51の車輪と

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鉄道唱歌の碑。鉄道唱歌とは誰でも覚えやすく歌いやすいメロディーにのせて各鉄道路線で順番に駅とその観光スポットを紹介する唱歌。5集334番まであるとんでもない歌だが、その第1週東海道線の1番で「汽笛一声新橋を~」と歌われているのがこの新橋駅。鉄道発祥の地であり、この歌が作られた明治時代は東海道線の始発駅だったんですね。

個人的には鉄道唱歌と言うと子供が小さいころ見ていたEテレクインテットで流れていた山手線バージョンが好きですね。東京、神田、秋葉原

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道を間違えて駅から南に行くと国道15号線(第一京浜)があり、そこにはヤクルト本社ビルがありました。f:id:dad_aslan:20211227221625j:plain

僅かですがビルの上にYakultの看板が見えます。

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ビルの下には前日(11月27日)日本一を決めたばかりのヤクルトスワローズのマスコット「つば九郎」が描かれたヤクルト専用の自動販売機がありました。たまたま歩いていた道路でラッキーアイテムに出会えた感があります。

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こちら汐留シティーセンタービル。富士通の本社、全日空グループの持ち株会社など錚々(そうそう)たる大手企業が入っています。個人的には最近PCソフト買わなくなったので見かける機会が減りましたが、ソースネクストが入っていたのがちょっと懐かしいです。

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駅に戻り、改めて南西方向に進むと「ゆりかもめ」の新橋駅の入り口があります。

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この先には汐留の日テレタワーがありますが今回はスルーします。

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こちらが広告マンの憧れ電通本社ビルです。

劇団四季劇場「海」があるショッピングモール「カレッタ汐留」としても有名ですね。

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こちらは南から見た電通本社ビルです。なお、Wikipediaによると2680億円ほどで間もなく売却されるそうですが。

この後、浜離宮に向かいましたがそちらは次回の記事で報告します。

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そして、浜離宮の帰りに面白いものを2つ見つけました。

一つ目は線路のないところにある踏切。

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踏切の前には道路しかないです。

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どうやら、昔築地市場から国鉄汐留駅へ貨物を運ぶ線路があったそうで、国鉄廃止で不要になったが地元の人たちの要望によってこの踏切だけ残ったそうです。

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ちなみにこの道路の先に見えるのは朝日新聞の東京本社です。

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そしてもう一つの怪しげな建物はこちら

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中銀カプセルタワービルです。看板は「ヒル」になっていますが。

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こちらは建築家黒川紀章の代表作で、おそらく建築デザインをかじった人ならば誰もが知っている有名な建築物です。

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あの丸いのはガラス窓です。1970年代の人たちが思い描いた近未来の部屋を実際に作ってしまったとんでもない集合住宅ですね。(部屋の中の様子はWikipedia参照)

こちらは近々取り壊されるそうで一目見たい人は早めに訪問してください。

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(つづく)

推しの街「秋葉原」

特別お題「わたしの推し

 

一人で電車に乗って東京まで出かけたのは中学2年のころでした。

目的は電気の街「秋葉原」に行くこと。

 

当時、パソコンに目覚めてPC-6001を購入。しかし、まだ家電量販店などない時代。地方の街では周辺機器やソフトはメーカー直営の家電小売店(ナショナルのお店、サンヨー薔薇チェーンなど)やデパートの家電売り場に僅かながら置いてあるくらい。コンピューター専門店も隣の沼津市に1軒ある程度であった。

 

しかし、そのころ唯一の情報源であるパソコン(マイコン)雑誌にはたくさんの店舗からの広告が掲載されていた。その多くは東京の秋葉原か大阪の日本橋のお店。また、電話帳(タウンページ)のような厚さの雑誌I/Oにはお店の位置と各店のお勧めを掲載した秋葉原マップがあったりして、パソコンを趣味にしている人(当時オタクという言葉はメジャーでなかった)にとって秋葉原は夢の街のように見えました。

「そこに行けばどんな夢も叶うというよ」とガンダーラ(ゴダイゴ)ではないが、そこに行けば手に入らないものはないと想像を膨らましていましたね。

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秋葉原までは、全路線をJR(当時はまだ国鉄)で行くよりも小田急線の方がかなり安かったので、時間はかかるけど(3時間くらい)わざわざ小田原で乗り換えて行きましたね。大学で実家を離れるまで年に1、2回は秋葉原詣でしてました。

 

中学のころ購入したのは地元では手に入らないスティック型コントローラー(JOYスティック)や中古のNEC純正カセットレコーダーなど。

最近の若い人は知らないかもしれないがフロッピーディスクより前の時代はカセットレコーダーを使いテープにプログラムやデータを保存していました。カセットテープは音楽を聴くのに使うテープと同じもので、最初のころは実家にあった音楽用のカセットレコーダーを代用していました。一方、NEC純正レコーダーは読み取りエラーが起きにくいのと再生・停止をパソコンから自動制御する機能があり、ちょっと憧れでしたが必須ではないため購入を見送っていました。しかし、秋葉原で中古品を見つけたときについ財布のひもが緩み買ってしまいました。

地元ではほとんど流通しない中古の周辺機器やパソコンが大量に売られていたのも秋葉原の魅力でしたね。

 

そして、秋葉原はソフトも古いモノやマイナーなモノを入手できる街でもありました。

アスキーのAX-1は4つのゲームが入って2,800円というかなりお得なソフトであった。廃盤だったためか地元では手に入らなかったが秋葉原だと何軒か回ると売っている店があった。この中のブロック崩しは当時良く遊びましたね。さらに中のプログラムを解析して、ボール残数が100になるように改造してました。

また、父親が遊ぶということで交通費を出してもらい九十九電機ウルトラ四人麻雀秋葉原まで買いにいきました。麻雀のルールはこのソフトで覚え、高校受験の息抜きに良くやっていましたね。ただし、ここで飽きてしまって高校以降は麻雀にはまらなかったのは、ある意味ラッキーだったかも。

 

その後、社会人になって上京。パソコンへの興味はだいぶ薄れましたがIT機器や家電製品のトレンドをウォッチするため年に1回は秋葉原を訪問してました。

 

そして現在、電気街からフィギュア、アイドル、メイド喫茶の店が多く増え、客層も大きく変わりましたが、とうとう昨年の転職で秋葉原通勤に。実際は在宅ワークがメインで出社は月1回くらいですが最初の出会いから約40年、とうとう推し街「秋葉原」通勤が実現しました。

と言っても会社はもう一つの晴海オフィスへ完全に引っ越して、引き払う可能性は高いですが1年くらいは秋葉原オフィス生活を楽しめそうです。

あぁ、夢の街「秋葉原

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東京都(多摩地域)の珍しい町名・大字

前回の神奈川県に続いて東京都(多摩地域)の珍しい町名・大字を紹介します。

谷保(国立市)

読み方はやほ。ローマ字だと"yaho"ですね。Yahoo!と間違いそうです。

ここは南武線の同名の駅もあるので比較的有名です。電車のアナウンスはもちろん、「次の駅はやっほぅ、やっほぅ。」

また、湯島、亀戸に続き関東三大天神である谷保天満宮も有名ですね。ちなみに天満宮の方の読みは「やほ」ではなく「やぼ」で「やぼてん」と略されることも。「野暮天」や「野暮ったい」の語源になったとか。

ちなみに昔"yaho.co.jp"というドメインのメールアドレスで怪しいメールが来ていたようですが、もちろん谷保とは関係なく"yahoo.co.jp"を偽装したものです。

百村(稲城市)

読み方はもむら。「も」は「百」ではなく、いなぎ歴史探検のサイトによると、平安時代の高貴な女性の十二単などで見かける腰から下のヒラヒラの「裳(も)」からきているとか。三沢川や竪谷戸川に沿った山襞(やまひだ)の多い盆地形が裳に似ていたから名付けられたらしいです。

最寄り駅は京王相模原線の稲城駅。また、12月に男子ゴルフの日本一を決めるゴルフ日本シリーズJTカップが行われる東京よみうりカントリークラブこのそばにあります。

福生(福生市)

読み方はふっさ。この地名は結構有名ですが住所を市の部分から言うと「ふっさしふっさ」と髪が淋しくなる50代としては少し羨ましい地名です。

福生と言えば米軍の横田基地ですね。基地の開放日には軍輸送機の見学できるだけでなく、生のカントリーミュージック演奏と共に、雑な感じが魅力的な巨大ステーキなどのアメリカ料理が楽しめます。また、基地に隣接する国道16号線福生ベースサイドストリートと呼ばれ、軍の払い下げ品だけでなくアメリカンな小物や中古衣料を売っている店もあり、少しだけアメリカ旅行気分が味わえます。

こちらの写真は4年前の横田基地日米友好祭の様子です。最近はコロナで中止になっているますが今年は復活して欲しいですね。

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草花(あきる野市)

読み方はくさばな。調べたが名前の由来はわかりませんでした。江戸時代には「上草花村」、「下草花村」という村があったそうです。多くの地名は有力者の苗字以外はその地域の何らかの特徴を表す名前になったりしますが、草や花はどこにでもあるので草花というのはある意味何の特徴も思いつかない地名ですね。

この場所には特に何かあるわけではないですが地域の境には多摩川が流れていて、対岸には玉川上水の出発地点、多摩川から水を引く「羽村取水堰」があります。

ちなみにあきる野市にはあきる(秋留)とか、おつ(乙津)とか、音的に面白い地名もありますね。

 

 

黄門様の庭園で紅葉を楽しむ(小石川後楽園)その2

前回の小石川後楽園散歩続き。

 

涵徳亭の前にある橋は渡月橋だそうです。

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そして、この水辺の周りがいい感じの紅葉です。

渡月橋から見える紅葉ということは嵐山をイメージしているのでしょうか?

11月末の紅葉の良い時期に緊急事態宣言ではなくて本当良かったです。

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少し山を上りますと清水観音堂跡があります。

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この横には清水の舞台ではないですが、そこから下を眺めると風情ある水辺の紅葉を楽しむことができます。

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こちらは通天橋。

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下に小川が流れていますが意外と高いです。正に「天に通ずる橋」ですね。

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こちらの得仁堂は唯一創建当時から残っている建物。この建立を指示した水戸黄門こと徳川光圀もこのお堂で拝んだと思うとちょっと感慨深いですね。

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こちらは小廬山。中国の世界遺産李白白居易などの多くの詩人が歌っている廬山のミニサイズ版。名付け親は儒学者林羅山

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この遠景に白い東京ドームが映っています。

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こちらは円月橋。水に映る姿と合わせると満月のようなのでこの名がついているとか。

こちらを設計したのは後楽園の名付け親でもある明の儒学者 朱舜水

日本初の石造りのアーチ橋だそうです。

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江戸時代の風流な酒亭を再現したもので、腹八分目ではないですが酒を飲むには昼は九分で夜八分にすべしということで九八屋だそうです。

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江戸時代、意外と昼から酒を飲むことを許容していたんですね。

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こちらは後楽園で一番大きな池「大泉水」に浮かぶ「蓬莱島」です。

古代中国で仙人が住む中国の東の海上にある仙境の島ですね。

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こちらは稲田です。春になれば田植えをして秋になれば稲刈りをします。

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こちらは神田上水跡。

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綺麗な青空が水面に映っています。

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ということで後楽園の紅葉散歩でしたが、日曜にも関わらずそれほど混んでなくて良かったです。また、この庭園は水戸ということで梅も綺麗だそうで機会があれば春も訪問してみたいですね。

 

(おまけ)鬼滅の刃の煉獄さんを思い出す赤と黄色の紅葉です。

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黄門様の庭園で紅葉を楽しむ(小石川後楽園)その1

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 

今回の散歩は水道橋駅からです。

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JR中央・総武線各駅停車の駅で駅ビルもなく、こじんまりしてますが、東京ドームの球場や遊園地などの最寄り駅として有名な駅です。

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また、ボクシングや格闘技の名勝負が行われている後楽園ホールや場外馬券売り場などのオジサンのエンターテイメントでも有名ですね。

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そして、今回はその俗っぽい世界とは正反対のもう一つの後楽園、小石川後楽園を訪問しました。場所は東京ドームや後楽園ホールの西隣。そもそも東京ドームも昔は後楽園球場。こちらの小石川後楽園が先で本家本元、後から球場やホールがその名を冠しただけですね。

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この後楽園は水戸徳川の初代藩主徳川頼房の命で築いた庭園を、あの水戸黄門でお馴染みの二代目の光圀が改修、完成させたそうだ。徳川家の縁があるのでの葵の御紋の提灯がありますが水戸黄門の印籠を思い出しますね。

ちなみにこちらは東門。水道橋駅から訪問する場合はこちらが便利です。

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訪問したのは11月28日。

若干枯れている箇所もありましたがほぼ紅葉シーズンのピークでした。

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庭園の中からは東京ドームの白い屋根が見えます。右側は後楽園ホールの建物です。

本当に隣にあるんですね。

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後楽園の名前はWikipediaによると光圀が敬愛していた明の儒学者 朱舜水による選名。中国の笵仲淹「岳陽楼記」の先憂後楽(天下の楽しみごとは人々に楽しんでもらってから、(為政者の)自分はその後で楽しむ)という考えから来ているそうだ。ちなみに岡山の後楽園と名前の由来は同じですが、両者は特に関係があるわけではないとか。

こちらの庭園はこの名の通り早い時期から一般開放されていて民衆に愛されていたそうだ。ただし、こちらの池の付近は大名屋敷のプライベートエリアにあたる内庭です。

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雪吊りの向こうに見えるのは唐門です。

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こちらは私的エリア内庭と後楽園との境界にある門にあたり、太平洋戦争で焼失したが最近復元したばかりだそうです。

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こちらの木曾の山道を模した石畳の道を抜けると後楽園に出ます。

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ここは百人一首の「ちはやふる」でお馴染みの竜田川を模したもの。

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こちらは涵徳亭。名付け親は4代将軍・徳川家綱から8代将軍・吉宗まで幕府に仕えた儒学者 林信篤。と由緒ありそうな建物ですが茶屋です。リーズナブルな値段の定食や甘味が楽しめます。

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そして、この建物から北側の紅葉がちょうど見頃でした。

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(つづく)