湯島と言うと湯島天神ですが、地上に上ると100m先に見えるのはこちらの池。
上野の不忍池ですね。湯島と上野って意外と近いんですね。
前回上野に来た時もそうでしたが今回も枯れた蓮の池でした。
ここは三菱財閥の祖、岩崎弥太郎の長男 久弥の本邸だった場所です。
こちらの洋館を設計したのは鹿鳴館の設計者でもあるジョサイア・コンドル。鹿鳴館同様、大財閥である岩崎家を訪ねてくる外国人や政府要人も多かったので、当時としては最大限の贅を尽くしたかなり立派な洋館だったようですね。
装飾も細部にわたり良く作られてることがわかりますね。写真撮影できませんが館内も調度品は豪華でした。舞踏会を開くような広さではないですが、ここで海外からのVIP来賓を迎えたディナー会が行われたんでしょうね。
そして洋館の裏側で和館と繋がっていて、こちらは日本式の庭園が整備されています。ここは主に居住空間だったようですね。
洋館の南側は久弥が留学していたアメリカ ペンシルヴァニアのカントリーハウスをイメージしたそうです。陽光をいっぱい受けるテラスは冬でも明るそうですね。
東側も全面に大きなガラス窓があり、温室のように暖かったと想像できますね。
こちらは離れの別棟。スイス の山小屋をイメージしているとか。
ここは撞球室、つまりビリヤード場ですね。先ほどの洋館とは地下通路で繋がっていて、肩の凝る食事会をこっそり抜けだして、ここでリラックスしたたかも。このテーブルはビリヤード台ではないと思いますが、ここで要人たちと球を撞きながら、ときには国家予算規模のビジネス企画を語ったりしてかもしれませんね。
都内では有名な神社ですが、結構こじんまりしています。
改めて、表の銅鳥居から見るとこんな感じ。小さいけど風格はあります。
そして、このときは受験シーズン前の12月下旬の日曜日ということで多くの人が合格祈願のお守りや絵馬を購入するために並んでいました。
絵馬もこの通り満員状態。
こちらも満員状態。流石、受験生に人気が高い神社ですね。
絵馬のデザインは菅原道真と牛です。
もちろん、天神様恒例の「触れる」牛もいます。
しかも二頭います。こちらはちょっと羊感がありますが。
また、天神様と言えば梅ですが、ここの白梅は「切れるの別れるのッて、そんな事は、芸者の時に云うものよ」というセリフで有名な泉鏡花の小説「婦系図(おんなけいず)」にでてきます。境内には泉鏡花の筆塚があったりしますね。
(つづく)