武蔵新城散歩のつづきです。
こちら武蔵新城駅から徒歩7分のところにある「千年温泉」。銭湯の料金で入れる本物の温泉です。「千年」はこの辺りの地名で「ちとせ」と読みます。何か縁起がよさそうな地名です。

さらに駅から徒歩20分ほど行った場所にあるのは日帰り温泉も。こちらの喜楽里(きらり)は露天風呂もある本格派。近くの森(高津区市民健康の森)にいる小鳥のさえずりや春には鶯の声が聞こえる好立地で平日1,080円。入場は中学生以上に限定されていて、静かな癒しの時間が得られるということで有給とり、たまに来たりします。(実はワークスペースもあり、今回の記事はここで書いています。)

そこから市民プラザ通りを南東に進むと千年交差点で中原街道と交差します。

この千年交差点から急な上り坂になっています。その昔、中原街道は別名「こやし街道」と呼ばれていました。大都市江戸で集めた「し尿」を大八車で運び出し、この街道をお通り現在の川崎、横浜周辺の田畑まで運んだそうだ。その運搬ではこちらの坂はかなり難関で、よくここで「大災害(詳細自粛)」が起きたそうだ。
坂の上からは武蔵小杉のタワマン群が見えます。

夜だとそこだけ昭和世代が描く未来都市のように見えますね。

坂の上の交差点には橘樹官衙入口とあります。

さらに細い脇道を上っていくと、広場になにか木造の建物?

こちらは国史跡「橘樹官衙遺跡群」の最近復元した飛鳥時代の倉庫です。7世紀ころ行政的には川崎市(麻生区の一部除く)や横浜市東部の一部は武蔵国橘樹郡と呼ばれ、この場所には役所があったそうです。

つまり、この辺りが川崎市の中心地だったそうです。

この辺りは高台になっていて、川崎の広いエリアを見渡せる場所。なかなか良い立地だったんでしょうね。

こちらはそこから西に5分くらい行ったところにある影向寺(ようごうじ)。神奈川県で一番古い寺のようです。


仁王像に


薬師堂に

太子堂に

阿弥陀堂。

こちらは乳柱(幹や枝から垂れ下がる外に出ている根っこ、気根)を削って煎じて飲むと乳が出るようになるという伝説がある、推定樹齢600年の「乳イチョウ」
あまり有名ではないですが橘樹郡の郡寺らしく、立派な寺ですね。

こちらは温泉喜楽里の裏にある市民の森。住宅地の傍とは思えない深い緑です。


中原街道を渡り、南東に向かうと今度は古墳がありました。

つまり、この辺りは飛鳥時代よりもさらに前から栄えていたということですね。

さらに南へ進むと橘樹神社があります。祭神は日本武尊、妃の弟橘媛(おとたちばなひめ)。

こちらの狛犬は2体とも子連れのかわいいタイプですね。


ここには日本武尊が東征で荒れた海を渡った時、鎮めるために弟橘媛は海にその身を投じ、そのとき身に着けていた衣や櫛が流れ着いたという伝承があり。境内には「日本武の松」の歌碑と「橘比売命神廟」碑が建立されています。
ということはこの辺りは、、、

この東100mくらいのところに子母口(しぼくち)公園という小さな公園があり、

そこは貝塚があった場所でした。

今この辺りは海岸線から10km以上離れていますが、縄文時代、この小高い丘の下は「海」だったようです。

この辺りは鎌倉や横浜に比べ、歴史的にはあまり有名なエリアじゃないと思ってたけど、調べると縄文、古墳、飛鳥と古い時代に勢いがあったエリアだったんですね。
