-1-
「あれれ、一人ということはまだ早かったか。」
おそらく銀座かどこかの老舗で仕立てた高級スーツを身に付けているが、着るというより着せられたという表現が合う恰幅の良い男が、東京某所にある研究所のエントランス前でタクシーを降りた。そして、広いロビーにポツンと一人でソファーに座っていた同年代の品のある白髪の紳士に声をかけた。
「ちょうどぴったりです、剛田さん。最後に会ったのは小学六年の夏だったので53年ぶりですね。それにしてもホームセンター「ジャイアント」の社長として忙しいところ、本当、今日はよく来てくれました。」
「いや、もう社長は息子に譲ったので悠々自適。今はカラオケ三昧の毎日さ。」
「ははっ、そこは相変わらずですね。」
すると、横から白いエナメルの靴に細身のイタリアスーツで固めたサングラスの伊達男が声を掛けてきた。
「出木杉さん、ご無沙汰しております。」
「おぉ、スネ夫じゃなかった骨川さん、1年ぶりだな。今はスイスそれともブラジル?」という剛田の質問に骨川は答えた。
「今はカナダ。それよりスネ夫でいいよ。僕もジャイアンって呼ぶから。」
「それよりなんだよ、その恰好。もう65歳だろ。」
「いいだろ、今日は仕事じゃないんだから好きな恰好しても。それよりジャイアンこそ、その七五三みたいなスーツは何だよ。」
「スネ夫のくせに生意気だ。いくら俺の会社より年商が数億高いからと言って、、、」
と、ここで出木杉がニヤニヤと笑いながら罵り合う二人の間に割って入る。
「まぁ、まぁ、その辺で。。。」
この瞬間だけ彼から笑みが漏れたが、直ぐに陰のある真剣な顔に戻った。
その緊張感を悟った二人も真顔になり、
「今日はどんな用なんですか。」と骨川。
「今時オンラインでも会えるのに俺はともかくなかなか日本にいない骨川と直接会って話をしたいとはどういうことなんだ。」と剛田。そして続けて、
「もしかして、3年前に亡くなったのび太に関連することか?」
そこで出木杉は軽く頷き、二人を所長室に誘導した。
「今日は誰もいないから私がコーヒーを淹れるよ。」
と慣れない手つきでカプセルをコーヒーメーカーにセットした。
コーヒーが入った後、しばらくの間3人はソファーで沈黙していたが、骨川が痺れを切らして話を始めた。
「静香さんが亡くなって半年くらい後だったよな。あの二人、仲良かったからな。」
「あぁ、のび太の野郎、家事は何もできなかったみたいだし。本当、小さいころからダメな奴だった。」と剛田。
「それでも僕たちの中で一番出世したのはのび太だよな。世界的人工知能の権威、正に数十年前に騒がれていたシンギュラリティを起こした科学者のひとりだからな。」
「あぁ、そうだ。小学校四年くらいまではただの怠け者の劣等生だったけど、急に勉強だけはできるようになったからなぁ。」
「そうだよ、相変わらず教室で居眠りはしてたし、運動もダメだったけど、あれ以降人が変わったようにテストで100点取るようになったからな。」
「あれって、あの交通事故?」出木杉が急に顔を上げて二人に問いかけた。
「そう、本町交差点での事故。3カ月昏睡状態だったのが奇跡的に回復して退院。それからだよな変わったのは。。。」と剛田が答えた。
「これで確信が持てたよ。」と謎の言葉を発し、出木杉は立ち上がり、奥の部屋から2冊の今時珍しい紙のファイルを持ってきて二人に手渡した。そして、一言。
「タイムマシンって憶えている?」
二人が息を飲む音が聞こえそうな静寂がその場の空気を支配した。
そして出木杉が「完成したんだ。つい最近。。。」と切り出した。
「あのタイムマシン?」骨川の問いかけに答えた。
「いや、君たちが想像する形は全然違うし、過去にしか行けないけれど。。。ある南の無人島で、私達が51年前のその地点へ送ったカプセルが発掘されたのです。それは紛れもなく本物でした。昨年本研究所で生成方法が発明された合金が入っているのが何よりの証拠です。そして、そのカプセルの上に降り積もっていた火山灰、50年前に噴火した火山の火山灰によって噴火前の年にカプセルが到着したことが証明されたのです。」
トーンは抑えつつも出木杉の興奮が伝わってきた。
「本当か!」
自分でガキ大将と名乗ってたころの、あのジャイアンの声で叫んだ。
「しかし、それって、、、過去を変えることが、、、」
一方で青ざめた骨川が心細い声で呟いた。
「その通り。これは当然、世界的に極秘事項だけど、どうしてもこの計画のために君たちに知ってもらう必要があるんだ。」
と出木杉はファイルの方を一瞥して説明を続けた。
「タイムマシンで今を変えることをしてはいけない。これはタイムマシンを持った人類が守るべき絶対的なルールです。一方で、今を変えないためにタイムマシンで過去に行く必要が発生するとも考えられています。つまり、未来から来た人間が行うとしても、既に歴史の流れに組み込まれている出来事を実行しないと、今が変わるかもしれないという考えです。」
二人は熱量を持って雄弁に語る出木杉に注目した。
「これは人工知能分野で偉業を残した、世の人が知る野比博士が誕生するために必要な計画なんだ。」
出木杉は改めて二人の方に見て話を続けた。
「その計画では2つのミッションを達成しなければならない。
一つはあの時の彼の命を救うこと。
彼の死後に作成されたドキュメンタリー番組で当時の事故で執刀した医者がある薬品を投与して脳へのダメージ進行を遅らせていたという事実が明るみになった。今ではよく知られた治療方法だが当時はその薬品をこの治療に使うことはまだ発見されていなかった。もちろん、主治医がその方法を思いついていた可能性もゼロではない。しかし、その執刀の数日後に心筋梗塞で急死したので真相は闇の中だ。だから、番組の中では「奇跡」の一言で済まされていた。
一方、もし未来の誰かがこの方法を伝えたと仮定すると、、、理論的にはそれほど難解ではないので直ぐ納得し、この方法を実行した可能性が高く辻褄が合う。この「IF」を実行するのが一つ目のミッションです。
そして、もう二つ目は、、、」
(つづく。つづきはこちら)
※注意)
あくまでもこの小説は藤子・F・不二雄作の「ドラえもん」の二次創作であり、本編のドラえもんとは一切関係なく、いちファンである私が勝手に想像して書いた作品です。この作品を自分の作品であるとか、藤子・F・不二雄作であると偽って販売したり、WEBに公開することを禁じます。
今年の漢字は「小」。小さくて良いので小説を書いてみました。