未来そうぞう日記

知的障害を持った息子と巡る日曜の東京、神奈川周辺の散歩、未来予想(妄想?)、そして気になる話題を報告します。

横浜本牧 アメリカ坂と本牧神社

前回の横浜本牧散歩続き。

 

本牧山頂公園の西側エリアにアメリカ坂という坂があります。

名前の由来はそのものズバリ、このあたりが太平洋戦争後に接収され、海軍の住宅地としてアメリカ人が住んでいたからです。

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結構急坂です。

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ちなみにその東にはハロー坂もあります。こちらははまれぽさんの記事によると、現地の人がアメリカ軍人を「ハロー」と呼んでいたのが名称の由来とか。それにしても、よく聞く挨拶の言葉を聞いてハローと呼んでいたとは。逆の立場だと日本人は「すみません」とか呼ばれそうですね。

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そして、こちら本牧神社。

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こちらは絵馬ですが、8月に行われる「お馬流し」で使われる茅で作った馬(正しくは首から上は馬で胴体は亀のかたちをした"馬首亀体")が描かれています。お馬流しは400年以上続く神事で6体の茅の馬にあらゆる厄災を託して、本牧の沖合の海に流すというものだそうです。

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こちらは同じ敷地内の宇氣の稲荷社、

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また、こちらは熊野速玉社。

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その横に2本の榎(えのき)が絡み合っています。

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この木の周りを時計回りに回ると2つの木が絡み合う方向と言うことで「縁結び」、反時計回りだと絡みがほどける方向と言うことで「縁切り」のご利益があるそうです。

なるほど。

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本牧神社の前には長細い敷地の新本牧公園があり、公園をぐるりと囲む道路は、

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お馬通りと呼ばれています。

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また、このそばにはお馬流しの馬を作るために使う茅を刈る場所もあったりします。

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こんな神社があり一見日本の伝統的なエリアに見えますが、周りの住宅地を見ると洒落た住宅が多く建っています。

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30年以上前に日本に返還されたとはいえ、さずが元アメリカの接収地。

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中にはスネ夫もびっくりな感じの家もありますね。

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横浜本牧 昔行ってみたかった旧マイカル本牧へ

今回の散歩は横浜本牧です。

本牧の地名は結構有名なんですがここには鉄道は走っていないんですよね。

2004年にできた横浜高速鉄道みなとみらい線元町・中華街まで。いつか延伸してここまで繋がると言われていますが早くても20年以上は先ですね。

とりあえず横浜駅からバスに乗って、こちらの和田山口のバス停で下車。バスの本数は多いので鉄道にこだわる必要はなさそうかも。

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今回初めてここにきましたが、個人的には本牧と言えばマイカ本牧です。

イカ本牧とは1989年(平成元年)にできたショッピングセンター。スペインをコンセプトにした10館の建物で構成され、建物だけでなく歩道などの街並みも綺麗に整備されていた。当時ここまで大規模なショッピングセンターはなく非常に話題になり、多くの人で賑わっていたそうです。

こちらの記事だとオープン時の年間来場者数は1,500万人以上、ディズニーランドよりも多かったとか。

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しかし、鉄道の便が悪く近隣の桜木町、みなとみらいエリアがショッピングエリアができたたため、徐々に衰退。現在はイオン本牧という普通のイオンのショッピングセンターとして残っています。

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こちらは当時の名残の噴水。

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確かに昔訪ねたスペイン グラナダアルハンブラ宮殿のこちらを思い出しますね。

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こちらも元マイカ本牧の一角であるグロブナーハウス。

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スペイン風かどうかわかりませんが煉瓦と石で作られた欧風らしい建物ですね。

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こちらは近隣のパチンコ屋モナコ本牧の看板。巨大なパチンコの玉を掴んでいる鷹でしょうか?

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こちらムーンアイズというお店。自動車用品の店であり、カフェでもあります。

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黄金時代のアメ車。本牧は1982年に返還されるまで在日アメリカ海軍のための住宅街だった場所。マイカ本牧はスペイン風でしたが、元々アメリカ色の強い街。

この店もアメリカを感じるステッカーや自動車小物、カフェもアメリカンダイナースタイル。多く人で賑わっていました。

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再びイオン本牧に戻り、そこからペデストリアンデッキを抜けて西に行きます。

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すると、本牧山頂公園入り口に到着します。

ショッピングモールのすぐそばが大きな公園というのは非常に魅力的な立地条件なのですが成功は継続しなかったんですね。

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広々とした芝生のエリアがあります。

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見晴らし台に登ってみます。

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中央には360度、どこに何があるかを解説するプレートがあります。

なぜか、マニラ、ムンバイ、リヨン、バンクーバーなど、ここから見えませんが世界の都市名も書いてあります。

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こちらは根岸、磯子方面の製油工場でしょうか?

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横浜ベイブリッジも見えます。

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みなとみらいのランドマークタワーも見えます。

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電車は通っていませんがショッピングセンターやこんな公園もあり、住むのには良い所なのかも。

(つづく)

たまには自分のブログについて見直すのもいいかも

はてなブログ10周年特別お題「はてなブロガーに10の質問

 

ブログを書き出して3年。いつのまにか千記事を超えていました。

今週のお題に沿って、自分のブログについてちょっと振り返ってみてみます。

ブログ名もしくはハンドルネームの由来は?

ブログ名は自分の想像した妄想が近い未来に実現したら良いなぁーと思い、未来想像日記とつけたのですが、もっと積極的にビジネスアイデアを考えて未来の世界を「創造」したいと考え、想像の部分を平仮名にして「未来そうぞう日記」にしました。

はてなブログを始めたきっかけは?

ズバリ転職活動のためです。サービス企画の仕事に興味があったのでそちらのアピールできるものとしてこのブログを始めました。当時は継続力があるというアピールのために1日1記事というノルマで未来妄想ネタを書いていましたね。

今は週4で、東京、神奈川周辺の散歩ネタが半分ですが。

自分で書いたお気に入りの1記事はある?あるならどんな記事?

あえて挙げるとしたらこの記事。昔の息子のかわいい(親バカ)写真入りです。

dad-aslan.hatenablog.com

ブログを書きたくなるのはどんなとき?

自宅風呂で湯船につかっているときにネタが浮かんだりや書く内容がまとまったりしますね。足が伸ばせる湯船が最高!

下書きに保存された記事は何記事? あるならどんなテーマの記事?

二日に分けて書くことはあるけどそれ以外に下書きには保存することはないです。

書き出したがどうしてもまとまらない場合はボツになります。

自分の記事を読み返すことはある?

たまにありますね。ネタが被っていないかをチェックするために。

好きなはてなブロガーは?

フミコフミオ氏です。中年サラリーマンの中間管理職のいろいろ&頭の上がらない嫁ネタで笑わせていただいております。Twitterも面白いですね。

delete-all.hatenablog.com

はてなブログに一言メッセージを伝えるなら?

なぜかFirefoxでログインできなくなった。治らないかな。。。

10年前は何してた?

違う会社でエンジニアしてました。ちょうど出向先から戻ったばかりで、このときは定年までこの会社に勤めると思っていました。。。

この10年を一言でまとめると?

人生第二ステージ開始に繋がる助走ですね。

しかし、その会社は安定はしていたが入社のころの勢いがなくなり守りの経営に。そして、他社の模造サービスの開発業務に明け暮れる毎日に。そんな中、早期退職プログラムの応募があったので50過ぎの転職を決意しました。

その後、幸運なことに1か月で同業種に転職。大企業で将来性はあり、また新しいサービスを開発するという面接時の言葉に期待していたのですが、窮屈なルールのもと一つの書類決裁に複数の上層部を調整して数か月かけるような仕事のやり方にウンザリ。

経済的安定と新しい開発への挑戦という2つを両立させようと考えていましたが難しいと判断。残りの人生を考えると今しかできないと思い、思い切ってベンチャーの小さな会社へ再転職しました。

50過ぎて得たこの仕事が孔子の言う天命かどうかわかりませんが、現在、裁量が増え、生き生きと楽しく仕事ができている現在を考えると良い選択をしたと思います。

 

と思っても、1年後にまた転職活動をしているかも。

 

それも人生かな。

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子供に肉を多めに分けるようになった

はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと

 

50歳を過ぎた自分の「食」について10年で変わったこと・変わらなかったことを語ろうと思います。

 

10年前ならば肉だったら豚でも牛でも鶏でもいくらでも食べられたんですが、40代後半くらいから量を食べることができなくなりました。そして中学3年くらいから息子の方に肉を多くとり分けるようになりましたね。

 

今は量より質ですね。誕生日などの特別な日には多くなくても良いからグラム単価が高い美味しい肉を選ぶようになりました。平均寿命で終わるとして残り30年以上あるとしても美味しい肉を美味しいと感じて食べれる時期はそれほど長くないと心得て、今のうちに高い肉を食べるようになりました。

 

そして、これは肉だけでなく食べ物全般にも言えますね。10年前までは食べ放題のビュッフェに行ったら元を取ろうと意気込んでいたのに今は胃の大きさと相談しながらなるべく美味しいもの、好きなものだけを食べるようになりました。そう言えばここ5年はホテルの宿泊パックについている朝食ビュッフェ以外で食べ放題に行っていませんね。

 

また、10年前は手を出せなかったデパ地下で100g800円を超える量り売りの総菜でも、買うと決めたときは躊躇なく注文できるようになりました。これも別に収入がアップしたからというわけではなく、今のうちに美味しいものは美味しく感じれるうちに食べようという考えからですね。毎日とか、毎月は無理ですが3カ月に1回くらいは贅沢をしようと考えるようになりました。

 

それ以外に食に関して10年前と変わったのは白米以外の米が美味しく感じるようになった。なんか、コンビニやスーパーで売っているもち麦玄米入りおにぎりが無性に食べたくなる時があります。あと、弁当のご飯も白米より五穀米とかがあるとそちらを選んだりします。ちょっと胃にやさしい感じがするんですよね。

 

一方、10年前とあまり変わらないのは魚ですね。刺身、塩焼き、照り焼き、天ぷら、フライ、煮魚、アクアパッツァ、なんでも好きですね。一部マグロについては、自分内ランキングで圧倒的な強さを誇っていた大トロが一位だが、二位の中トロとの差が縮まり、赤身が躍進しているというところはありますが他はあまり変わりませんね。

 

その他、野菜に関しても好みや摂取量はあまり変わりませんね。しかし、さつまいもに関する評価はここ数年でアップしたかも。ボソボソした感じが嫌いで焼き芋やいも天とかは積極的には食べていなかったのですが、自分の味覚が変わったというより、品種改良が進んで美味しくなったため、昔より好きになりましたね。

 

もしかしたら、食わず嫌いで食べてなかったがサツマイモのように美味しくなった食材があるかもしれないので、今まで食べていなかった食材にも挑戦したいみたいですね。

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藤沢本町 東海道から寄り道して江の島へ

前回の藤沢本町散歩続き。

 

国道467号線を少し西に戻ります旧東海道藤沢宿の名残なのか古い蔵などの建物が残っていますね。

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ここは電柱が地中化されています。

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その代わりに地上の歩道には分電盤らしきものがありますが、

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江戸時代の街を描いた浮世絵や古い写真がプリントされています。

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こちらのマンホールの蓋は藤沢の市の花である「藤」の花がデザインされています。

鬼に襲われなくて良いかも。(鬼滅の刃?)

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こちらは蒔田本陣があった跡です。ここも今まで見てきていた本陣同様、現在残っているものは何もありませんが。

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それでもこのような古い建物がいくつか残っています。

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こちらは旧桔梗屋。紙やお茶の問屋だったそうで、国の登録有形文化財に登録

されているそうです。f:id:dad_aslan:20210930191849j:plain

このすぐそばに「祭の小塚屋」という店があります。うちわ、提灯、半纏(はんてん)、幟(のぼり)などお祭り関係のグッズの専門店です。ちょっと珍しい店ですね。

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こちらは遊行寺橋そばの昔の蔵を再現した建物。観光案内所もしくは公衆トイレかなと思ったら藤沢橋自動車排出ガス測定局だそうです。

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この先の藤沢橋の袂(たもと)には江の島弁財天道標、このあたりから東海道と分岐した江の島道が始まります。

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こちらは藤沢橋。藤の花が彫られた立派な欄干です。

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ここから境川にくっついたり離れたりしながら約5kmの道のりで江の島に繋がります。

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さらに先ほどより約400m先にも江の島弁財天道標がありました。

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この看板の説明によると昔はここに江の島弁財天の一ノ鳥居があったとか。また、現在でもこの道標は十数基残っているとか。つまり、東海道藤沢宿から伸びるこの「江の島道」は江の島弁財天の長い表参道と言えそうですね。

参拝するためには東海道から外れて往復約10kmの寄り道になりますが、それでも行きたくなるのが江ノ島。十数基の道標とかお金をかけて道路を整備しても元が取れるくらい賑わっていたんでしょう。今も昔も人気の観光スポットですね。

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青山霊園で有名人のお墓を探すのは骨が折れる

前回の青山散歩続き。

青山周辺はイメージが良いためか前回のHondaも含め大手企業のビルが多くあります。

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こちら帝国データバンク。帝国とか名前に付いているので怪しい会社と思っている人もいるそうですが日本国内最大手の企業を対象とした信用調査会社(財務状況を調べ、取引しても良いかなどの信用情報を提供する会社)です。個人的には就職活動の時にお世話になりました。

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こちら楽天クリムゾンハウス青山。楽天カードの本社が入っています。

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楽天カードマンがいますね。

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さらに青山通り西に行くと、

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伊藤忠商事の本社ビルです。さらにその隣には日本ORACLEの本社もありますね。

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そんな企業にも人気な青山ですが、人生最後の終着地としても愛されています。

ということで、青山霊園を訪問してみました。

この通りは管理所前から霊園を南北に貫く通りで桜の名所でもあります。

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この霊園、青山という地価の高いエリアにも関わらず26ha、東京ドーム5.7個分の広さです。だから、「一種イ4号5側1番」のような番地がつけられ、案内のためのこのような三角ポールが立っています。

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青山霊園と言えば明治から昭和にかけての有名人のお墓があるということで、この日は所用で訪問時間は45分くらいでしたが、ちょっとググって探すことにしました。

こちらは小村寿太郎の墓。明治時代、外務大臣として日英同盟日露戦争後のポーツマス条約の締結、不平等条約の改正(関税自主権の回復)で活躍した人物。

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こちらはお墓の前に解説の案内板がありました。

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こちらは明治維新の立役者のひとり、大久保利通の墓。

今更説明はいらない超有名人ですね。

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広い敷地を占有していて、お墓も立派です。
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先ほどの2つのお墓は目立っていたのですが、実は有名人の墓であっても一般人と変わらない普通の墓だったりします。

こちらは斎藤家の、、、

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茂吉の墓。歌人で有名な斎藤茂吉(もきち)ですね。

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こちらは写真入りの墓石。田中久重? どこかで見た顔だなと思ったら、自分が最初に勤めた会社の創業者でした。

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こちらは東京帝国大学の教授だった上野英三郎の墓。

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といってもピンとこないかもしれないが忠犬ハチ公の飼い主と言えば有名ですね。あのハチ公が渋谷駅で待ち続けた人のお墓です。

そして、墓の横には忠犬ハチ公の碑が立っています。

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それにしても、他にも五・一五事件で暗殺された犬養毅、近代日本医学の父と呼ばれる北里柴三郎金色夜叉尾崎紅葉など挙げるとキリがないほど有名人の墓が沢山あります。(Wikipedia参照)

しかし、広いのと、一般人の墓と混ざっているのと(一般人と言っても立派な人が多いので墓も立派で判別が難しい)、スマホの位置情報の精度が悪い(おそらく携帯電話基地局が遠いため)ため、苦労しました。

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こんなベンチもあるので、次回は事前に予習した上で、もっとのんびり散策してみたいですね。

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(未来予想)パート課長

2023年の妄想ブログ:

 

女性の職場進出というと今や死語に近いが、男は仕事、女は育児と思っている昭和生まれの経営層はまだまだしぶとく生き残っている。それでも優秀な女性がいることはだいぶ理解してきたようで最近耳にするのがパートタイム課長、略して「パート課長」という制度だ。

 

パート課長制度とは、育児のためにどうしても9:00-17:00は無理だけど、10:00-15:00ならばOKというような人材にフルタイムではない、勤務時間限定の課長を任せる制度である。

 

昔みたいに課長は部下の手本となるよう定時退社時刻後も率先して働くという風潮が徐々に薄れてきて、また実務もこなすプレイングマネージャーで管理がおろそかになる課長よりも、本来の管理業務をしっかりするほうが会社にとって有効だという認識が広まった結果、時間より質という考えがこのような制度に繋がったようだ。

 

さらに今まで違う点としては課長は当然管理職扱いで残業時間に応じた従量制ではなく年俸制の給与体系が多いがこのパート課長は時給制の給与体系が多いとか。もちろん時間当たりの給料は平社員より高いが、短くても働いた時間だけ給与が出るという点でまさにパートタイムなのかも。(もちろんインセンティブで成果に応じた分が上乗せされる会社が多いようだが。)

 

実際、マネージメントだけならばフルタイムの量の仕事が無い部署もあるので、余計な出費は抑えられ、かつ優秀な女性人材の流出も防げるこのシステムは経営者側も雇用者側も好評のようだ。

 

ちなみにこの制度を女性や子供のいるものだけに限定している会社では、男性や趣味の副業に時間を使いたい人から適用範囲を広げて欲しいと声も上がっているらしい。

 

ある意味このパート課長は会社側の人間という管理職ではなく、管理という職務を遂行する労働者の一人という考えなのだ。この動きは日本での管理職の考え方を再定義するいい動きかもしれませんね。

 

※2018/8/24の記事を修正、再掲。

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