未来そうぞう日記

知的障害を持った息子と巡る日曜の東京、神奈川周辺の散歩、未来予想(妄想?)、そして気になる話題を報告します。

綺麗になりたい、恋をかなえたいという女性の最強スポット 玉造温泉

島根県散歩のつづき


今回、ホテルルートイン松江に二泊。3日目の朝は土曜だったので少し品数が増えてた。ビジホでも出雲そばとかちょっと地元のものがあるのが楽しい。

この日は南下して玉造(たまつくり)温泉へ。宿泊でなくても玉造温泉ゆ〜ゆなど気軽に寄れる温泉施設はありますが、さすがに朝早いので今回は温泉に入るのは見送り、散策だけします。

玉造温泉は奈良時代に開湯、日本最古の湯のひとつとも言われている。美肌の湯としても有名らしくこんな看板も。交通安全用? よく見てたら、かえって危険だと思うが。

玉湯川沿いに旅館や土産物屋が立ち並んでいて、

こんな小さな滝もあったりして、温泉街に来たーって感じがあります。

もちろん足湯もあります。

この足湯のそばには姫神様の像があります。

出雲のそばということなのか『ご縁の聖地』だそうで、

簡易的な絵馬に願い事が書かれていましたね。

こちらは勾玉橋。この地は良質な『青めのう(鉱石)』の産地であり、古代から勾玉が造られていて、あの三種の神器の一つ、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)もここで作られたとか。なお、『玉造』の地名の由来にもなってますね。

マンホールも勾玉。

橋の近くには

勾玉の形に添って石が並べられ、その中には

巨大な青めのうの原石が設置されています。

こちらは湯薬師広場。

こちら飲用はできないですが触ったり、持ち帰ったりできます。

道を挟んで小さな薬師堂があります。

ここが『出雲国風土記』に「神の湯」と記された玉造温泉の発祥の地にあたるそうです。ある意味、日本の温泉発祥の地と言っても過言ではないですね。

その向かいにあるのが湯閼伽の井戸。一般的には閼伽(あか)とは仏様に出される供養水の事で薬師様に供える水をここで汲んだそうです。

ここは別名『恋来井戸』。ここから餌を投げて川にいる鯉が食べたら、鯉が叶うとか。かなりオヤジダジャレ全開の設定ですね。

そして、そばにある宮橋も別名『恋叶い橋』。この上で神社の鳥居と一緒に撮影すると恋が叶うとか。

こちらがその神社、玉作湯神社。ここではかなり有名なパワースポットだそうです。

石段を上ると

苔むした狛犬が迎えてくれます。

この脇には『古代玉作之処』と書かれた柱が立っていて、左の建物には玉作りの資料が収蔵されているそうです。

こちらが本殿。出雲大社ほど大きくはないですが目を惹く立派な『しめ縄』ですね。

右側にある稲荷神社の前にもう一対狛犬。この辺りは日本海側で雨が多い地域、苔が生えやすいのでしょうね。その分、趣きが増します。

小さな社ですが、どこか俗世と離れた空気を感じる佇まいです。

そして、こちらは『願い石』。下の社務所で『叶い石』を授かり、これに触れさせると願いが叶うとか。独身女性だったりするとかなり気合入ってしまうかも。

神社を出て南へ2分ほど行くと見えるのが清巌寺。

山号(寺院につけられる称号)は『温泉山』。珍しい山号ですね。

この寺にはおしろい地蔵と呼ばれるお地蔵さまが祀られています。

その昔、顔にあざがあった和尚さんがお地蔵さまに『おしろい』を塗って願掛けしたらあざが消えたという話があったそうで、

祈願札を授かり、そこに綺麗にしたいところを色鉛筆で塗って、

お地蔵様のその箇所におしろいを塗れば願いが叶うとか。なお、病気の治癒にも効果があるとか。なんか、玉造温泉は美肌の湯というだけでも魅力があるが、勾玉や玉作湯神社で恋を叶えたい、綺麗にないたい女性を呼び込む仕掛けがふんだんに仕込まれた最強スポットなんですね

(つづく)

神様サミットが行われる聖地 出雲大社

島根県松江散歩のつづき

 

松江を出て出雲方面へ。途中、ラピタ本店に立ち寄る。ラピタは出雲周辺に出店しているスーパー、ショッピングモールのブランドだけど運営母体がJAしまね。JAだとA-COOPブランドが有名だけと、これとは別のブランドで展開しているのは非常に珍しいですね。

出雲名物といえば蕎麦ということで、そこの敷地内にあるそば処『あごう』で昼食。

歯ごたえのある、しっかりとした田舎蕎麦。小麦粉の割合が少ないのか、これぞ『蕎麦』とした感じがあり、満足度高いです。

そして、出雲大社へ。と言っても自動車で行くと横の駐車場に停めるので、正面からではないです。他の人について行ったら最初に見えてきたのは 神楽殿。

でも、こちらの神楽殿のしめ縄!

観光案内の写真でよく見る『大しめ縄』は本殿ではなく神楽殿だったのですね。

全長13.5メートル・重量4.7トンの日本一の大きさ。真下で見ると本当迫力あります。

『君が代』の中で出てくるさざれ石。全国各地の神社で見かけますが、出雲大社ということで大きくて風格がありますね。

そして、この鳥居の向こうにあるのが

拝殿です。

こちらのしめ縄も立派ですが神楽殿と比べると小さいですね。

拝殿の横を抜けると

やってきました御本殿前の八足門。ここに来ると何か身が引き締まりますね。

御本殿はこの奥ですが、聖域ゆえ一般人は中に入ることができません。ここでお参りすることになります。なお、出雲大社での参拝は2礼2拍手1礼ではなく、2礼4拍手1礼です。格の違いですかね。

出雲大社と言えば日本一の縁結びの神様、絵馬も縁結びをモチーフにした可愛らしいデザインですね。

御本殿の周りはこんな感じで囲まれています。10月、旧暦の神無月には唯一『神在月』となる出雲大社。この本殿辺りに全国の神様が集まるんでしょうかね。

外から僅かに中の様子が見えますが、聖地なので写真はNG。

八足門の後ろに祀られているのは素鵞社(そがのやしろ)。本殿は大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀っているのに対し、こちらは素戔嗚尊(すさのおのみこと)、祖父にあたり、屈指のパワースポットとして人気があるそうです。また、この裏に見える八雲山は神職すら足を踏み入れてはならない聖地、禁足地だそうです。

そして、今更ですが参道を歩き、有名な勢溜の大鳥居を見に行きます。

途中、野見宿禰(のみのすくね)神社を発見。こちらは相撲の始祖とされる野見宿禰命(のみのすくねのみこと)を祀っています。出雲以外だと東京の両国近くにもあるそうです。正に相撲の神様ですね。

そして、左右にいるのはウサギ。

こちら以外にも至るところにウサギの石像があります。

そう、大国主命、大黒様と言えば古事記に記された因幡の白兎の話が有名ですね。その縁で境内にいくつもウサギの石像を配置いているそうです。

そして、勢溜の大鳥居へ。こちらは出雲大社の正面玄関という感じですね。

ここから南の宇迦橋の大鳥居に向かって参道が伸びていて、通りの左右にはお土産屋などの店舗が軒を連ねています。ちなみに写真には写っていませんが右側黒い建物の隣にある竹野屋旅館は竹内まりやさんの実家だとか。見ておけば良かった、残念。

ここで一服。くつろぎ和かふぇ 甘右衛門の出雲巻ソフトクリーム。抹茶と

ほうじ茶。このインパクトのあるデザインは『しめ縄』をモチーフにしているそうです。映えますね。

そして、本来の参詣順とは異なりますが最後に稲佐の浜へ。国譲り神話で大国主神が高天原から派遣された武甕槌神(たけみかづちのかみ)と国譲りの交渉をしたという伝説の地であり、旧暦10月10日、全国八百万の神々を迎える浜でもあるそうです。

ポツンとあるこの岩山は確かに何か人ならざる者の力でこちらの海岸に置かれた感じがありますね。ここ出雲は本来の意味である正に『聖地』ですね。

(つづく)

 

松江城に小泉八雲、境港の水木しげるにつづき妖(あやかし)を感じる地へ

島根県散歩のつづき


黄泉比良坂から松江の市街地に移動し、ホテルルートイン松江に宿泊。朝はよくあるビジホの朝食ビュッフェだが、宍道湖名物のシジミ汁が松江らしくていい。ちくわの下のピンクの練り物も「赤てん」という島根名物らしい。ちょっとご当地ものが食べれるのは楽しいですね。

この日の散歩は先ず近所の松江城から。

城の堀の横には松江県庁。個人的に2年ほど住んでいた静岡市でも駿府城そばに県庁があり、それを思い出して何か嬉しい。

こちらは松江城を築城した堀尾吉晴の像。個人的には自分の実家のある三島の山中城攻めで功績をあげ、さらに個人的に学生のころ住んでいた浜松藩の城主になり、関ヶ原合戦でも戦火をあげ出雲へ、松江市の基礎を作ったと。何か縁を感じますね。

こちらは場内にある松江神社。

絵馬はハート型、『えにしずく』とはご縁を運ぶ恵みの雨だそうです。雨の多い山陰地方らしいですね。

明治天皇の行在所として建てられた興雲閣。それは実現しなかったが、大正天皇が皇太子時代に利用したとか。

そして、天守閣、現存12天守のひとつで松本城、犬山城と並ぶ国宝です。

一ノ門を抜けると

天守全体が見えました。特徴は何といっても『黒』ですね。関ヶ原合戦以降に建てられているので、戦には使われていませんが、この黒は敵を威圧する力を持っていますね。

天守そのものが小高い場所に建っていますので、建物の上からの眺めは最高ですね。

宍道湖が見えます。守りのためのものですが歴代城主もこの眺めを楽しんだでしょうね。

城郭の北側に移動。城を構成する『山』は街中とは思えない結構深い森ですね。

こちらの堀では遊覧船から城の眺めを楽しむこともできます。

こちらは『ハートのくぐり松』と呼ばれていて、くぐると縁起が良いとか。。。映えスポットでしょうが、ハートというにはかなり無理があるような。

そして、その近くの堀沿いには小泉八雲の像があります。

そう、この北の堀沿いには

小泉八雲の旧居があります。

元々は松江藩士である根岸家の武家屋敷。そこを八雲が借りて住んでいました。

こちらは書斎。NHK朝の連続テレビ小説『ばけばけ』のオープニングで観た人も多いのでは? 

こちらがお気に入りの庭。これを眺めながら在宅ワークってちょっと憧れますね。

椅子に対し、机がやたら高いです。これは八雲が左目を事故により失明し、右も強度の近視だったため、目と原稿との距離を短くするために特注で作らせたものだそうです。

そして家族を呼ぶときに使ったホラ貝(モデル)。そこまで広くない屋敷なので鈴で十分のような気がするが、八雲の趣味か?

この住居の隣はそば屋『八雲庵』ですが、元は松江藩剣術指南役、大石源内の屋敷跡だったりします。

ここは塩見縄手と呼ばれる道路に面し武家屋敷が現存していて、江戸時代の佇まいを感じることができます。

こちらは塩見縄手の由来となる塩見小兵衛も住んだ屋敷で、武家屋敷として公開されています。

ここも部屋からの庭の眺めが良いですね。

こちらも八雲旧居もそうですが、裏が山になっています。堀の向こうにある城の森とこの裏山の森、八雲が生きてた時代はさらに鬱蒼としていて、妖の気配を感じる場所だったかもしれませんね。松江城周辺は太平洋戦争の空襲を免れ、松江城天守や武家屋敷が焼けることなく残っているのは本当ラッキーです。江戸時代や八雲が生きた明治のころの空気感を現代でも体験できることに感謝、感謝です。

(つづく)

日本一美しい庭園の美術館から黄泉の世界へ

鳥取境港散歩のつづき

 

鳥取県境港からお隣の島根県安来へ。安来と言えば安来節。歌に合わせてコミカルに踊る『どじょうすくい』が有名で、昭和時代は時々テレビの民謡番組で流れたりしていた。現在はそんな番組もないので、50代以下の人はほとんど知らないでしょうね。でも、最近はこの地にできた足立美術館が世界的に有名になってますね。
この日は平日ですが広い駐車場が結構埋まっています。

この美術館は約120点にのぼる横山大観作品や、この写真の魯山人館に収納された北大路魯山人の作品などがありますが、

こちらの目玉は『庭園』です。この魯山人館傍の小さな裏庭も良いのですが、5万坪に及ぶ大庭園です。

この像は当館を開設した実業家、足立全康。一代で財を成し、若い時に感動した大観の絵画を集めて作ったのがこの美術館だと。そして、「庭園もまた一幅の絵画である」という信念を基に整備された庭園は、アメリカの日本庭園専門誌で23年連続一位の評価を受け、またミュシュランでも三ツ星を受賞、美しさに順位をつけるのはどうかという意見もあるかもしれないが、日本一の美術館と言えますね。なお、『ゲゲゲの女房』こと水木しげるの妻、武良(旧姓飯田)布枝はこの近くの出身で、実父の飯田源兵衛は足立全康とも親交があったとか。

足立全康が指さす方を見ると、庭園が見えてきました。

「枯山水庭」「白砂青松庭」「苔庭」「池庭」があり、樹木はアカマツ、クロマツ、モミジなど53種約2000本だとか。

本当綺麗に刈り込んでいます。

周囲の山々を借景にしているので、さらに大きく見えますね。

これだけの広さを毎日7名の専任庭師が手入れをしているほか、職員も毎朝清掃しているとか。

こちらの部屋は壁をぶち抜き、天然の掛け軸にしています。

これは茶室の入り口(躙口、にじりぐち)ですね。振り返ると庭が見れるというのもの。

館内の窓から庭が見れます。

こちらも部屋内から切り取った形で見れます。これなら雨でも楽しめるますね。と言っても、やはり天気が良い方がこの庭園の眺めを楽しめますが。

館内には喫茶室『翆』があり、

ここからも庭を楽しめます。

コーヒー1,000円からと少々高いですが、この景色を眺めながらソファーでゆっくりできる席代と考えると悪くはないです。

次に向かったのは隣の松江市、クルマで15分くらいの東出雲町にある黄泉比良坂(よもつひらさか)。と言ってもこの坂ではないです。マイナーなスポットで細い道路を進むようだったので、手前の駐車場に停めて10分ほど徒歩。

田舎の

何もない所ですが、ちょっと緊張感があります。

駐車場が見えてきました。観光客は誰もいないようです。だったら、ここまでクルマで来ればよかったが、最初にわかるわけないし。

ちょっと『ムー』っぽさのある看板がありました。昔行った青森のキリストの墓を思い出しますね。

黄泉比良坂はあの世、黄泉の世界とこの世との境界、有名なイザナギ・イザナミの話の舞台です。イザナギは亡くなった妻イザナミに会うために黄泉の国に入った。イザナミは姿を見ないことを条件に会うということになったが、イザナギは約束を破り見た姿は醜く恐ろしい形相だった。イザナギは怖くなって逃げだし、イザナミは怒り追いかけたという伝説。

こちらは黄泉への入り口の門?

命からがらここまで逃げてきたイザナギはこちらの千引(ちびき)の大岩を動かし、黄泉の入り口を塞ぎ、難を逃れたとか。

よく漫画や小説などで黄泉?地獄?悪魔?の世界の魑魅魍魎がこの世に来ないようにしているゲートを岩が封印しているという話がありますが、それらはここをモチーフにしているのでしょう。
ある意味、宗教的意味じゃない方の『聖地』でもありますね。

(つづく)

妖怪だらけの水木しげるロード ねずみ男は人気ものか?

鳥取境港散歩のつづき

 

境港駅前から北東方向に延びる道はその名もずばり「水木しげるロード」。

ここが境港市で一番の繁華街です。昔はアーケード街だったようですが2017年に撤去、オープンな通りになっています。

ここの観光の目玉はそこかしこに設置した妖怪の銅像。2024年時点で178体いるとか。

こちらは等身大? ねずみ男。

鬼太郎と目玉おやじ。

一反木綿と

ぬりかべは小っちゃい。等身大だとかなり大きいからな。。。

子泣き爺も小さいが、こちらはいかにも妖怪っぽくて丁度良い。

再びねずみ男。これもでかい。人気があるため? 出っ歯部分の色が違っているのは皆がここに触っているんだろうな。それにしても何のご利益? 楽しく生きれるということか?
ちなみに2016年に一般公募で増やしたらしく、約25cmで費用は120または130万円、スポンサー名を入れることができたとか。等身大だと1000万円くらいかかるのかな?

こちらは水木しげるとゲゲゲの女房ですね。

鬼太郎の下駄も。かなりマニアックなものまでカバーされているのか。

また、マンホールもありますね。

銅像だけでなくマンホールも全部見ようと思ったら、かなり大変。早々に諦めました。

こちらは妖怪広場という小さな公園

 

鬼太郎の家ですかね。小便小僧の鬼太郎にその下にはねずみ男。

この公園の街灯は目玉おやじ!

商店街の街灯に鬼太郎。

お土産屋には

ねこ娘ベンチ。ゲゲゲの鬼太郎は6回ほどアニメ化されているが、その都度人物デザインが変わるねこ娘。ポーズは色っぽいが全然色気がないオリジナルに近いのか?

その他、各お店にも妖怪の装飾。

鬼太郎の理髪店。前髪ちゃんと切ってもらえるか少し心配。

郵便局は水木ロード郵便局。意外と普通のつくり、というか普通の住宅?

ポストは旧型の普通のポスト。妖怪ポストとかはあると良かったのに。

鬼太郎、妖怪がいなくても昭和の雰囲気を残す建物がちょっといい感じ。

レトロ博物館にあるような店が現役なのはいいですね。

駄菓子屋?雑貨屋? 昭和のころ、田舎に行くと見かける何でも扱っている店っぽい。

かすれたチョコレートの看板に4桁の電話番号とか、本当現役なのがいい。

こちらには電池の自動販売機。さすがに使えないみたいだが。

なぜか、歩道に井戸のポンプまで。昭和世代でも70過ぎの人たちに刺さりそう。

こちらは妖怪神社。

御神体は黒御影石と樹齢300年の欅。(ピンぼけですが)

これは水木しげるがご神体を見て「このあたりに目玉をつけたらどうか」と指した部分が、設置時に剥がれ落ちた石、「目玉石」。確かにそんな簡単に剝がれそうにないので、なんらかの霊力が宿っていそうと考えてしまいますね。

絵馬はやはり鬼太郎ファミリーと

目玉おやじ形。こちらは寿命が伸びそう。

こちらは水木しげる記念館。

ここには生まれたばかりの鬼太郎の銅像。

館内には茶碗の風呂にお湯を入れるあのシーンの再現も。

トイレのマークは鬼太郎

ユニバーサルトイレのほうは目玉おやじをデザイン。ちなみに女子トイレはねこ娘です。

また、ここの広場には小さなマンホール蓋も。

記念館の裏はゲゲゲの妖怪楽園。

鬼太郎の家と

ぬりかべ滑り台?

この日は休園日のようでしたが、本来は遊技場、土産物屋、食事処が開いているようです。

歌川国芳の浮世絵『相馬の古内裏』を参考にして描かれた水木しげるのがしゃどくろ。

これはかなり迫力がありますね。ここ境港は本当フォトスポットに困らない街です。

そして、こちら、今回のお土産のクリアファイル。茶碗風呂ってなんか気持ち良さそうだよね。

(つづく)

鳥取県初上陸 鬼太郎まみれの境港訪問

今回は鳥取県、初の訪問です。

そして、個人的にはこれで46都道府県踏破、ゴールも近い。


鳥取と言えば砂丘だけど、あえて砂丘に近い鳥取空港には行かず米子空港のほうへ。今の正式名称は米子鬼太郎空港。早速、荷物受け取りのコンベアでは鬼太郎のお父さんが出迎えてくれました。

到着フロアには鬼太郎もいます。

出発ロビー側にはフォトスポットも。

顔出し用「ぬりかべ」の他、黄色と黒の縞模様のちゃんちゃんこも撮影用に用意されています。

この空港は米子を名乗っていますが、住所は境港市になります。漫画家の水木しげるは生まれは大阪ですが、育ったのはこの境港。ということで鬼太郎推しになっているようですね。

ということで先ずは境港を観光、堺港駅へ。

境港駅は米子駅を起点にしたJR境線の終着駅で、境港という港の最寄り駅。ということで灯台をモチーフにした駅舎。

こちらの境港は鳥取県の弓ヶ浜半島の先端に位置し、東西に伸びる島根半島に挟まれた境水道と呼ばれる海峡に面し、冬に荒れ狂う日本海の外海から隔離された自然の良港ですね。

(出典:国土地理院(地理院地図)を加工して作成)

この港からは隠岐の島に向かうフェリーだけでなく、韓国を経由して中国、ロシアに行く国際フェリーに乗船することができ、駅からフェリーターミナルに直結する通路も整備されています。

駅に隣接した、お土産屋や観光情報センターも設置されているみなとさかい交流館には鬼太郎ファミリーの壁画。

外の自動販売機も

中野ロッカーも鬼太郎ラッピングされています。

こんな注意書きがあるのはお茶目でいいですね。

駅前の交番も鬼太郎。

駅東側の広場は公園で、ここにはレリーフ

妖怪演奏会?

墓場の学校?

郵便ポストはもちろん鬼太郎ポスト。

こちらにはイマジナリー鬼太郎、目玉おやじ、ねずみ男と話をしながら作品を描く水木しげるの像など「犬も歩けば」ではないですが、そこらへんを歩けば鬼太郎、鬼太郎ファミリーにあたるという感じですね。

こちらは世界妖怪会議の像。

世界中の妖怪が集まって、平和について議論している? 実際、世界妖怪協会なるものを設立して、1996年から2010年ころまで、この境港や東京などで世界妖怪会議を開催していたようです。人間たちがですが。

水木しげるの胸像もあります。

 「なまけ者になりなさい」
いい言葉ですね。本人はかなりワークホリックみたいだったですが、1日10時間は必ず寝てたとか。出版社のパーティー会場で寝てない自慢してた手塚治虫と石ノ森章太郎がともに60歳で亡くなったのに対し、亡くなる半年前まで執筆活動をしていて93歳の大往生。上手な怠け者だったんでしょうね。

こちらは目玉おやじと一緒に入れる茶碗風呂。人気のフォトスポットです。

こちらの雲梯(うんてい)は一反木綿ですね。

そして、交番前に足湯スポットがありますが、名称は「妖怪たちの足湯」と徹底してますね。特に妖怪要素はなさそうですが。

また、鬼太郎以外に悪魔くんの像もありますね。

また、わき役として水木作品によく登場するサラリーマン山田も。モデルは東考社の桜井昌一、風貌は何ですが『悪魔くん』を世に出した立役者なんです。こんなキャラまで銅像になるとは、本当境港は水木しげるワールド全開の街ですね。

(つづく)

長年の夢、大阪城をやっとこの目に

徳島鳴門散歩のつづき


徳島って四国でも香川より南で大都市圏から遠く感じるけど、大鳴門橋と明石海峡大橋のおかげで神戸、大阪へ容易にでることができます。高速バスで徳島市なら神戸三宮まで1時間50分、大阪梅田まで2時間25分、鳴門からならさらに30分短縮、意外と近いですね。鳴門の大自然を堪能した後、バスで2時間寝ている間に梅田駅に到着です。

ここが有名な梅田ダンジョン、4,5回来たくらいだと全然覚えられませんね。ここから本日の最終目的地に向かいます。

地下鉄御堂筋線と中央線を乗り継いで谷町四丁目駅で下車。

こちらの建物は大阪歴史博物館。博物館としてはかなり大きなビルですね。

建物のデザインも凝っています。デザインはシンガポールを代表するペトロナスツインタワーも手掛けたことがあるシーザー・ペリ。なんか気合入ってますね。

その脇にあるのが古墳時代の法円坂遺跡の高床倉庫。こんな地価が高そうな町中で再現しているのは凄いかも。この辺りは難波京があったエリア。実質メインの都として機能したのは短くあまり知られてないが、若干時代が違うものの大阪が繁栄していて、首都だったという事実を残す意味で貴重な遺跡ですね。

その隣はNHK大阪放送局、NHK大阪ホールがあるビルですね。東京の渋谷のNHKより立派に見えるかも。

その向かいにあるのは

大阪府警察本部。

東京虎ノ門の警視庁とともにドラマでよく見かける建物ですね。

そして、さらに北側にあるのは

大阪府庁舎ですね。都庁ほどメジャーではないですが、国の登録有形文化財で今年2026年で100歳となります。

そして、ここでの本命はマンホールにもなっている大阪城です。

府庁などがある上町筋を挟んで東側が大阪城公園になります。こちらは乾櫓ですね。

そして、石垣の向こうに本丸が見えます。

少し戻って大手門から入ってみます。

左手には千貫櫓が見えます。

こちらは空堀。豊臣ではなく、大阪夏の陣後の1624年に徳川幕府が造ったそうです。攻めるためにさんざん堀を埋めた後で西からの脅威に備えてまた掘るとはご苦労さんなことで。

場内は広いのでこちらのロードトレインで回ることができ、

また、御座船で堀めぐりもできるそうです。

こちらは豊臣秀吉、秀頼、秀長を祀る豊国神社。

こちらの銅像は豊臣秀吉。死後、神格化されて「豊国大明神」となったが豊臣家滅亡とともに神社も姿を消し、明治維新後に復活したそうです。大阪では太閤さんといまだに人気があるみたいですね。

こちらの狛犬、前掛けがちょっとかわいいですね。

こちらは1931年に建てられた旧陸軍第四師団司令部の庁舎。この辺りも太平洋戦争で空襲を受けたと思いますが府庁といい大正、昭和の名建築が結構残っていますね。現在はミライザ大阪城という土産物屋や飲食店などが入る複合施設になってますね。

そして来ました。、本命の天守閣。

と思ったが、並んでますね。1時間以上かかりそう。これだと帰りの新幹線の時刻に間に合いそうにないので登るのは断念。

外からこの立派な姿を堪能することに。

こちらは1931年、市民の寄付によって再建された3代目。換算方法によって異なりますが、現在の価値だと数百億円規模のプロジェクト。大阪市民にとって大阪城は本当誇りなんでしょうね。

どこから見ても絵になりますね。

大阪に今まで公私ともに7,8回は来ましたが大阪城は今回が初めて。長年の願いが達成できて本当良かったです。

天守閣前の内堀も深いですね。

この辺りの石垣の大きさも圧巻、当時の権力の強さが推し量れますね。

北の極楽橋を抜けて

こちらの青屋門を抜けると、

すると見えてきたのは、、、

右手に回ると書いてあります。

数々のボクシングの名勝負が行われたあの大阪城ホールですね。辰吉丈一郎とか、ちょっと胸アツ。

この傍のローソン大阪城公園店は暗くてわかりにくいですが景観に配慮した茶色の店舗です。こちらを東に抜けるとJR大阪城公園駅。大阪環状線、京都線(東海道線)と乗り継いで新大阪駅へ。

夕食は大阪らしくないがこちらのモジャカレーで。

今回の一人旅もこれで締めくくり。初上陸の和歌山、徳島に加え、初の大阪城も訪問できて最高でしたね。出張万歳!