未来そうぞう日記

知的障害を持った息子と巡る日曜の東京、神奈川周辺の散歩、未来予想(妄想?)、そして気になる話題を報告します。

あぁ、きっちり生きなくてもいいんだと知った日

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

 

約20年前のスペイン旅行ですね。

 

ツアーガイドが夏は日中40度以上になり、庶民は一番暑い時間帯は仕事にならないので自宅に帰って家族とランチ。食事は夕食より昼食のほうが豪華で、ゆっくりとご飯を食べた後は昼寝(シエスタ)をする、午後3:00くらいのそして少し涼しくなってから仕事を再開、帰りは遅くても午後7:00、帰って生ハムなどの軽いタパスをつまみながらワインを飲んでおしゃべりを楽しむと解説していました。

 

この話自体は別に目新しい内容ではなかったが、昼間から多くの大人がレストランでガヤガヤとワインを飲みながらランチを楽しみ、午後3:00くらいまで閉まっている店を実際に見るとすごいカルチャーショックだった。

 

ガイドのコメントだと現地の高給取りのサラリーマンは日本人同様、ランチは短く夜遅くまで働いているらしいが、一方、安い給料の庶民は高級食材や高級レストランで食事をしたり、ブランドものを持ったり、海外旅行に頻繁に出掛けたりすることはないけれど、できる範囲で生活を最大限楽しんでいる感じが伝わってきました。

 

こんなきっちりしない生き方でもいいんだというのは、自分にとって目から鱗でした。

 

かと言ってこの後20年で、自分がそのような「ゆるーい生き方」をしたかと言うとそんなことはなかったですが、そんな選択肢もあるんだというのは心のゆとりに繋がり、辛いと思ったときの心の支えになったのではと考えています。

 

それにしても、コロナが落ち着いたらまたスペインに、さらにまだ訪問したことがないイタリアあたりに行って、もう一度ラテンの空気を吸ってみたいですね。

 

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両国散歩 勝海舟から芥川龍之介、吉良上野介そして鼠小僧

前回の両国散歩の続きです。

 

ここ両国公園も一見普通の児童公園ですが、

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勝海舟生誕の地だったりします。

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このそばに両国小学校があります。

勘亭流で書かれている看板が大相撲の聖地、両国らしいですね。

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この敷地の隅には芥川龍之介の「杜子春」の一部を抜粋した文学碑があります。

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京葉道路沿いのここから歩いて2分くらいの三叉路の交差点芥川龍之介の生育の地があります。(生誕の地は築地駅そばの聖路加国際病院あたりですが)

どうやら、先ほどの両国小学校に通っていたようですね。

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こちらは本所松坂町公園となっていますが、

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忠臣蔵で有名な吉良上野介邸跡です。つまり、あの討ち入り事件の現場となります。

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この公園は狭いのですが当時の屋敷の広さは2,550坪=8,400m2。公式のサッカー場の7,140m2より広いとはかなり有力な家だったのでしょうね。

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ひっそりと、みしるし洗い(討ち取った首えを洗った)の井戸が残っているのは何ともいえませんね。

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そして、こちらは回向院。

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三門の仁王像

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三門を抜けると最初に目に入るのは相撲好きは必見の力塚。

回向院のホームページによると相撲は江戸時代、公共社会事業の資金集めのための勧進相撲興行の形態をとっていましたが、その勧進相撲が初めて行われたのがこの回向院だそうです。この力塚は昭和十一年に相撲協会が歴代相撲年寄の慰霊の為に建立したものですが、その後も新弟子たちが力を授かるよう祈願する碑となったそうです。

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こちらは鼠小僧次郎吉のお墓。金持ちから千両箱を盗み町民に小判を配ったというのは実話か伝説かわかりませんが鼠小僧そのものは実在していたんですね。

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長年捕まらなかったので、こちらの墓石を削って持っているとその幸運にあやかれるとか。ギャンブルのお守りとしても有名だとか。これは江戸時代からの風習で、削るための墓石「お前立ち」が用意されていますので気兼ねなく削ることができます。

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そして、その横にあるのは猫塚。

両替屋の飼い猫にいつも魚を与えていた魚屋が病気で商売ができずお金に困った時、猫が小判を二両持ってきて、なんとか食つなぐことができ病気も治ったとか。しかし、猫は小判をくわえて逃げるところを両替屋が見つけて殴り殺されてしまった。魚屋はその猫の死骸をもらい、回向院で葬ったのがこの猫塚の始まりとか。

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この猫が以前記事にも書いた世田谷の豪徳寺の人を招くほうの招き猫とは別の小判を持っていてお金を招く方の招き猫のルーツのひとつとか。また、猫に小判もここからきているのでは?という話もあります。

 

また、こちらは馬頭観音堂ですが徳川4代将軍の愛馬を供養するために建てたとか。

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この馬頭観音や猫塚をの他、軍用犬、軍用馬、中にはオットセイなどいろんな動物たちの慰霊碑が立っており、ペット供養のお寺としての先駆けだとか。

こちらは猫用の献花台。

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こちらは犬用の献花台。

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こちらは願い事が成就すると塩を供えたことから塩地蔵と呼ばれたお地蔵様。

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なお、この寺の始まりは明暦の大火のときの10万を超す死者を弔う慰霊に建てた万人塚が始まりで、その後も安政の大地震関東大震災の犠牲者、水死者、焼死者、刑死者などの無縁仏も弔っているそうだ。また、水子供養もこの寺が発祥だとか。

いろんなものを受け入れる懐の広いお寺ですね。

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なんか両国は江戸や明治などの近代史を知っている人から見たら著名人の聖地のワンドーランドですね。今回の散歩ではまだ7割くらいしか見れなかったのでまた訪問したいですね。

 

両国散歩 家康から北斎、そして一茶

前回の両国散歩の続きです。

 

江戸東京博物館を出てすぐ北側に江戸を作った徳川家康銅像があります。

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銅像の下は亀のように見えますが贔屓(ビシ)という中国の伝説の竜です。贔屓=ひいきの語源で、重いものを負うことを好むといういうことで石碑の台になったりしているそうです。

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こちらを東に進み、清澄通りを横断すると北斎通りと呼ばれる道路に出ます。

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北斎とはもちろん葛飾北斎。さきほどの銅像から300mくらい東に進むと、葛飾北斎生誕の地があります。

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こちらは緑町公園という児童公園でその南側にはすみだ北斎美術館があります。

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公園としてはジャブジャブ池があったり、

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遊具があったりしますが、特に住居跡として何か残っているわけではありません。

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ただし、こんな富嶽三十六景の赤富士のタイル床があったりします。

(近所の人の自転車が映っているのが公園らしいですが)

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ちなみにベンチでオニギリを食べていたら、やたら人懐っこいスズメがウロウロしていました。

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昼食のあと、すみだ北斎美術館を訪問。

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入り口はこの隙間を入っていきます。

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これが玄関ですがわかりにくいですね。

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ここにあるのはレプリカです。あまり作品数は多くないですが北斎漫画とか、

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幽霊関連の絵は珍しくて見入ってしまいました。

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こちらは番町皿屋敷。首は蛇ではないです。皿です。

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北斎は88歳まで現役だったとか。しかし、なぜこの姿を蝋人形で再現したのか。。。

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ちなみに最近まで売っていたカルビーの堅あげポテトのパッケージは富嶽三十六景の神奈川沖浪裏です。

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パッケージの裏に美術館の紹介があります。

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美術館を出て、清澄通りに戻り、南へ進むと堅川と交わります。この場所

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俳人小林一茶の居住の地だそうです。有名な句は、

 雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る

さっき、公園で雀がウロウロしたのはこれを暗示していたのか。。。

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ここにかかる橋は二之橋。池波正太郎鬼平犯科帳で「二つ目橋」という名で登場しているとか。

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今、川の上には首都高7号小松川線が通っています。

大都市東京では住宅化が進んでいて土地がないため、川の上に高速道路を建設したとブラタモリで解説していましたが、風情がないですね。

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北斎が生きていたころはこんな風景だったようです。

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そしてこの橋のそばには鬼平行きつけの五鉄という軍鶏(しゃも)鍋屋があるという設定だとか。鬼平ファンにはこのあたりは聖地らしいですね。

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リモートワークはどこで働く? その2

以前こんな記事を書きましたが、さらに見つけたので紹介します。

 

サッカースタジアムで仕事

ガンバ大阪のホームであるパナソニックスタジアム吹田で、試合がない日にバックスタンドにあるVIPフロアでリモートワークができるそうです。入場利用料1日1,000円、個室利用料1部屋1時間につき500円と比較的良心的な値段です。試合は見れませんが普段は入れないVIPフロアに入れるのはちょっと魅かれますね。

suitacityfootballstadium.jp

電車とバスの博物館で仕事

東急田園都市線宮崎台駅から徒歩0分にある電車とバスの博物館は子供が小さいころよく行きました。今はコロナ感染対策でこの中のB棟を閉じているそうですが、こちらを1時間200円で個人リモートワーク用に開放、電車の客席や飛行機の操縦席でのデスクワークが体験できるそうです。

news.mynavi.jp

猫カフェで仕事

こちらは大阪ですが昼間は猫カフェ、夜は猫旅籠(ねこはたご)でだそうです。個室に仕切られていてガラス越しに猫が生活しているのをウォッチでき、コロナ対策はもちろん猫アレルギーの人も利用OKだそうだ。猫カフェですがちゃぶ台を借りて、デスクワークもできます。平日限定1日フリープラン、ドリンク飲み放題で3,800円だそうです。

ネコリパブリック » ねこ浴場&ねこ旅籠|大阪|猫カフェ|

www.timeout.jp

近場キャンピングカーで仕事

都心から車で30分のよみうりランド遊園地にRVパークがオープン。1泊5,000円でキャンピングカーによる宿泊ができます。チェックインは12:00から、チェックアウトは翌日11:00まで。屋外調理や大声での会話は禁止されているのでクルマの中でデスクワークすることも可能です。仕事に行き詰まったら遊園地や植物園へ、疲れたら温浴施設へと。

そういえばよみうりランドではこんな観覧車の企画もありましたね。

RVパーク東京|よみうりランド

prtimes.jp

これら以外にもこんなワークスペースのマッチングサービスも。

www.re-port.net

この先、ワクチン接種率が上がりコロナが落ち着いてきても、おそらくリモートワーク文化は職種によっては大きく根付くと思うので、今後さらにいろんなワークスペースが登場するかもしれませんね。

 

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アムロ父のようにガンダムを映せと叫んだ? 東京オリンピックネタ集めてみました

東京オリンピックネタを集めてみました。

先ずは不祥事や、やる、やらないのニュースで散々出てきたこの五輪マークですが、

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国立競技場の目の前にある日本オリンピックミュージアムの敷地内にあります。

www.google.com

こちらは国立競技場で去年の9月ころの写真です。

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こちらの記事に少し詳細を書いてあります。

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こちらは夢の島のアーチェリー会場。昨年11月に訪問しました。

昨日の銅メダルを決めた最後の一投はシビれました。

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このドクターイエローの後ろにある建物は国際フォーラムでウェイトリフティングの会場でした。展示会などで何度か訪問したことがありましたが、ビジネスとは何の縁もゆかりもなさそうなウェイトリフティングが行われていたのは不思議な感じですね。

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こちらは自転車レースで鳥居に突っ込むシーンがエモーショナルと世界に紹介された府中市大國魂神社。この写真は数年前のお正月初詣のときの写真ですが、このレースの時も結構混み合っていたとか。

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こちらは昨日のトライアスロン中継で自転車のコースからチラっとお台場のガンダムユニコーンが映りました。

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オリンピック中継でガンダムがテレビに映ったのは確かに予想外。

海外のアニメ愛好家にとってちょっとした話題のようです。

アムロの父、ティム・レイのようにガンダムを映せと叫んでいたとか、いないとか。

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最後にこちらは選手村。今自分が勤めている会社オフィスビルの屋上からの写真です。

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目の前の建物はプレスセンターです。

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開催前の7月某日、黒塗りの自動車が沢山停まっていました。

お偉いさんの見学みたいですね。

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と言っても、ほとんど在宅勤務なのでオフィスに行くのは月に1、2回。

今週はワクチン2回目のために出社予定です。

両国 江戸東京博物館その3  戦後から現在へ

前回の両国 江戸東京博物館その2の続きです。

 

時代は戦後へ。こちらは1960年のダットサンのトラック、時代は高度経済成長へ。

西岸良平の漫画「三丁目の夕日」のころですね。

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こちらはスバル360。軽自動車の660ccエンジンの3/5、中型の400ccバイクよりも小さい排気量だが当時庶民でも買えたマイカーとして大ヒットしたそうだ。今見てもデザインがいいですね。ちょっとヨーロピアン(イタリア、フランス)っぽい感じが。

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1964年の東京オリンピックのポスターと表彰台。この時は国をあげての大盛り上がりだったんでしょうね。それに比べて今年のオリンピックは、、、いろいろ残念です。

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このころの集合住宅のダイニングキッチンを再現。

核家族化、畳から椅子の生活へというのがこのころの最先端だったとか。

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白黒ですがテレビも徐々に普及。

昭和生まれは未だにチャンネルは「回す」ろいう表現を使ってしまいますね。

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トイレは和式ですが水洗に、お風呂も薪からガス釜に。

室内用の箒が吊るされているのが懐かしい。

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確かに玄関に電話がありました。なぜだろうと調べたら、昔は自宅に電話がない家もあり、近所の人が借りることを前提に玄関に置く習慣があったとか。また、携帯電話がないころ、親にバレずにこっそり話をするには居間にあるより便利ですね。

また、手作りのカバーがつけている家もそういえばありましたね。

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電話機は電電公社(現NTT)からの借り物でみんな同じデザインだったのでカバーをつけてデコりたい気持ちはわかります。

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家具調テレビも懐かしいです。昔はテレビの上にぬいぐるみやお土産の置物が置いてあるのが標準でしたね。

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こちらは魔法瓶。この花柄が懐かしいですね。

最近は花柄復刻シリーズとしてリバイバルしているそうです。

スリムボトルは75歳を過ぎた母へのプレゼントに良いかも。

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日中国交正常化で1972年、中国から贈られたカンカン、ランランにより日本はパンダフィーバーに。自分も小学生のころ上野動物園で見ました。背の小さい子供も見れるように通路が大人用と子供用に分かれていました。パンダの動きが面白くて弟と一緒に見入っていたら、出口から早く来なさないと母親に怒られた記憶がありますね。

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そういえば、幼稚園の時の弁当箱はパンダ柄ではなかったがこれと同じアルマイトでしたね。汁がこぼれて、お弁当を包む布が濡れるというのがお約束でした。

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この椅子のデザインもどこか懐かしいですね。

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そして70年代後半にはインベーダーゲーム

インベーダーが一番流行してた頃は小学校低学年だったのであまり遊んだ記憶はないですが、高学年になり駄菓子屋に置かれるようになったころによく遊んでいました。

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こちらの自転車も懐かしい。5段変速でライトが左右に付いている70年代憧れの自転車。さらにスピードメーターまで付いていればパーフェクトですね。自分は最新のは買ってもらえず、近所のお兄さんのお古を乗ってました。

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原宿に現れた竹の子族の衣装。ピークは1980年だとか。

Wikipediaに当時活動していたチーム名の一覧がありますが、読んでいるとなんか恥ずかしくなります。

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ラジカセも死語ですね。それしても当時サイズが大きかったですね。

この後、SANYOのおしゃれなテレコとか小型化したスリムなラジカセが流行り、自分的にはそちらのほうが馴染みがありますね。

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これは未だによくわからない商品ですが、それなりに売れたそうです。

(足し算、引き算はソロバン、掛け算、割り算は電卓だったのかな。)

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任天堂ゲームウォッチファミコン

FIREとか懐かしすぎる。ファミコンは14,800円でフルカラーのグラフィックは衝撃的ですね。

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90年代の代表的な服はボディコン。

でも、当時実物は見たことがなかったですね。

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東京ラブストーリーはマンガ持ってました。VHSのビデオも懐かしい。

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95年発売のWindows95。25,800円の値札シールがいいです。

このあたりから仕事はパソコン上で行うのが当たり前の時代になりましたね。

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ポケベルは使わないうちにブームが終わりましたが、公衆電話で高速でプッシュする女子高生をよく見かけましたね。(文字数に関係なく1分10円だったとか)

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iMacも懐かしい。モノを持つのが楽しいと思える時代の製品ですね。

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初代のiPodも20年前ですか。。。カセットはおそろかCDを使ったことがない学生がいるのも当然ですね。

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そして、ルーズソックスや女子高生の制服が展示される時代に。

昭和生まれはダサい制服から早く卒業したいと思っていたが、平成生まれはその反対の価値観も持っているようですね。

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ということで、子供と一緒だったため、ゆっくり見れませんでしたが、それでも江戸東京博物館をかなり堪能できました。

この後、特別展をやっている1階に移動しましたが、子どもが飽きたので特別展はスルーして、その前に飾ってあるこの熊手だけ撮影しました。

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また、お土産用のミュージアムショップも1階にあり、そこで文明開化のころの東京を描いた絵葉書を購入。今度はゆっくり一人で来たいですね。

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 (つづく)

両国 江戸東京博物館その2  江戸から昭和へ

前回の両国 江戸東京博物館その1の続きです。

 

江戸の華と言えば火事と喧嘩。

時代劇ではよく見かけますが、纏(まとい)の実物を見る機会はなかなか無いですね。

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纏持ちを中心に屋根に上るための梯子や延焼を防ぐために隣家を破壊するための鳶口(木の棒の先に鳶のクチバシみたいな形の鐵具がついたもの)を持った火消集団。

やはり、纏持ちが一番目立ちますね。

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この博物館は体験コーナーが充実していますが、纏持ちも体験できます。

滅茶苦茶重く(18kg)、家事の最前線でこれを足場の悪い屋根の上で回し振り続けることができるのは勇気だけでなく体力も必要。纏持ちになるのが江戸の男の憧れで、女性にモテるのは当然ですね。

でも、実用を考えるもっと軽くても良いような気がするが、重いのを持つのが「江戸の粋」なんでしょうね。コスパを重視する現在の若者は理解できないかも。

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こちらは先日の記事で書いた一石橋にあった迷子しらせ石標のレプリカです。その時の散歩では見れなかったのですが、こんなところで見れるとは。

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二八と言えば蕎麦屋の屋台です。(小麦粉、そば粉=2:8の蕎麦ですね)

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こちらは寿司屋。冷蔵庫の無い時代でもマグロ赤身(ヅケですが)はあったんですよね。

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この14kgの持ってみよう体験は?

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千両箱ですね。もちろん、実際は中身が見えるようにはなっていませんが。

息子がだいぶ大きくっても抱っこをしていたので行けるかと思いましたがやはり重いです。体積が小さい分ずっしりきますね。これを持って逃げる泥棒は立派なものです。

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こちらは野菜売りの天秤体験です。

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そして、フロアは東京ゾーンに。

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明治時代の石造りの建物は実際に存在した朝野(ちょうや)新聞の建物を復元したものです。朝野とかてっきり適当に作った架空の名前かと勘違いしました。

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こちらは人力車。これも体験できます。

浅草で乗ると最低2,000円はかかりますが、ここでは無料です。ただし、動きませんが。

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昔のブリヂストンの看板を思い出す明治時代の自転車。

これも乗ることができます。走りませんが。

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浅草凌雲閣の模型。1890年明治時代に12階建て高さ56mの建物が東京にもあったんですね。スカイツリーみたいな観光スポットだったらしいですが明治末期には下火に。1914年に日本初の電動エレベーターを導入して一時的に盛り返したが徐々に廃れていき、1923年の関東大震災で崩壊。その後経営難で復旧することはなかったそうです。

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こちらは浅草六区の電気館の模型。日本初の常設の活動写真館つまり映画館です。

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こちらは昭和初期時代のタクシー。

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市内ならばどこまで行っても一円ということで円タクと呼ばれていたそうだ。

50代くらいの人ならば日本酒の松竹梅のCMで知っているかも。

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こちらはガソリン給油機。

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明治後期と昭和初期のころの電話です。

左側はダイヤルがなく、口頭で繋ぎ先を交換手に伝えて手動で繋いでいた時代のものですね。

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蓄音機です。レコードもCDも知らない現在の若者には不思議な機械でしょうね。

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こちらは昭和初期の家の様子を再現したもの。

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B29の機関銃。

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こちらはM64高性能爆弾のレプリカ。

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太平洋戦争時代のポスター。

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空襲時の備えとして防毒マスクがあったんですね。

第一次世界大戦で飛行機による空爆で毒ガス弾が使われたがその後国際条約で禁止に。しかし、昭和初期ごろまで演習が行われていたです。右側の森永キャラメルの付録にガスマスクの紙工作があったとは何とも言えませんね。

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(つづく)