前回の横浜野毛散歩の続き。
野毛坂を上ると何の変哲もないような石垣が見えますが、
1890(明治23)年ころ作られた亀甲石積の擁壁で横浜市の認定歴史的建造物だそうです。
確かによく見ると亀の甲羅のような六角形に切り出した石がキッチリ積まれていますね。明治のころとしては高度な技術だったのでしょう。
先ほどの野毛坂交差点を20mばかり北に行くと細い路地があります。
こちらを進むと、
野毛山不動尊、正式名 成田山横浜別院延命院があります。横浜開港後、港の発展と共に各地から移住者が集まったが、その中で成田不動尊を信奉する千葉や東京からの移住者の念願によって開設された遙拝所がこの寺の始まりのようです。
なんかこの写真だとランドマークタワーの横にあるように見えますが、
実際はだいぶ離れています。高台に建っていて、ちょっと眺めがいいですね。
こちらの絵馬は極彩色の不動明王です。
本堂は大きくはないですが立派な造りです。数年前に完成したばかりだそうです。
天井が高く開放感があります。また、建物中央が吹き抜けになっています。
市立図書館でも大都市横浜のフラグシップとなるとやはり違いますね。
次に訪れたのは野毛山公園内にある野毛山配水池。浄水場から送られてきた水を各家庭に送る前に一旦貯めておく池だそうです。
と言っても今は使われおらず、中にも入れませんが。
こちらはヘンリー・スペンサー・パーマー氏の胸像。1889年日本で初めて、近代的な水道を造った(厳密には建設を指示した)イギリス陸軍の工兵少将です。
つまり、ここは日本近代水道の発祥の地だそうです。
この展望台からこんな眺めが楽しめます。
また、この展望台のそばには1964年、東京オリンピックのサッカー、バレーボール、バスケットボールの予選が横浜市で行われたのを記念して作られた記念碑があります。
そして、今年、東京オリンピック2020でもここ横浜ではサッカー、野球、ソフトボールの会場になりました。特に野球とソフトボールは両方とも決勝戦は横浜で行われ、日本が優勝するという輝かしい功績を残しました。
新たな記念碑がここに立つかもしれませんね。
横浜は江戸末期以降の開港した後に発展した街。
その近代史の遺構がこの野毛には残っていますね。