今回の散歩は茅ヶ崎です。
JR東海道線で東京駅から約1時間。神奈川県を東西で分けたときの真ん中あたりの海沿いの街になりますね。
こちらは茅ヶ崎駅北口。駅ビルはアトレではなく神奈川西部、静岡東部方面に展開しているLUSCA(ラスカ)ブランドですね。
広いペデストリアンデッキが広がり、
イトーヨーカドーまで繋がっています。
このペデストリアンデッキには茅ヶ崎に縁のある有名人の手形がいくつかあります。先ずは加山雄三さん。若い人には24時間テレビのラストで「サライ」を歌うおじいちゃんくらいの認識かもしれませんが、70代以上のシニア世代には俳優として歌手として絶大なる人気があったそうです。40代、50代の感覚で言うとキムタクくらい凄かったようです。今はテレビ文化も衰退し、誰もが認めるスターというのはいなくなりましたが、正に昭和時代の大スターだったようですね。
JAXAの宇宙飛行士 野口聡一さん。出身横浜ですが小学校の途中からここ茅ヶ崎に住んでいたそうです。
同じく宇宙飛行士の土井隆雄さん。茅ヶ崎に実家があって学生時代はここで過ごしていたとか。
中日ドラゴンズの中年の星「山本昌」こと本名 山本昌広さんの手形。茅ヶ崎市出身だそうです。
こちらは12代目市川團十郎の手形。若い人にはおーいお茶のCMで有名な昨年正式に襲名した13代目團十郎(11代目海老蔵)の父親と言った方がわかりやすいですね。本人はここに住んでいなかったようですが、9代目團十郎の別荘があったようで茅ヶ崎とは何かと縁があったそうです。
駅から北に3分くらい行くと国道一号線と交差します。この道は旧東海道でもあり、松並木や一里塚が残っています。藤沢宿と平塚宿の中間で宿場町ではなかったが、休息できる茶店はあったようで、地名に茶屋町として残っているようです。
一里塚接骨院とかなんか効きそうな気がしますね。
一旦、茅ヶ崎駅に戻り、今度は南側を行きます。
北側に比べると南側の駅周辺は少しこじんまりしています。
ここから南に延びる道路は雄三通り。
加山雄三さんは2歳から結婚して家を出るまでの31歳までこの茅ヶ崎に住んでいたそうだ。高祖父は昭和の五百円札の肖像にもなった岩倉具視。慶応高校、慶応大学に進み、学生時代には国体も出場。生まれはもちろん文武両道のエリートで、しかも両親は俳優、女優から生まれたイケメン。歌も上手いし、非の打ち所のない超トップスターだったんですね。
また、商店街に流れるナレーション、こちらは彼の声をAIの音声合成技術で再現したものだそうです。故郷の茅ヶ崎を盛り上げようという企画みたいですね。
(つづく)