川崎大師散歩のつづきです。
川崎大師の境内にはいろんな石碑や銅像が立っています。
橘樹郡(川崎、横浜市の一部)出身者の日清戦争戦没者を祀る招魂碑。日露戦争の忠魂碑や太平洋戦争の慰霊碑はよくあるが日清戦争のものは珍しいらしいです。(招魂碑はこれとは別にあるみたいですが)

東京消防組によって建てられた江戸消防記念碑。江戸時代の火消しが名前を残すために建てた碑だそうです。

そういえば大本堂内の大提灯の横には江戸消防記念会が寄進した長提灯がありました。

江戸(東京)だけでなく神奈川消防組もありますね。厄除け祈願の寺として有名な川崎大師は炎からも体を守ってくれるということで火消しの時代から深く信仰する人が多かったんでしょうね。

こちらは種梨遺功碑、長十郎梨の種を発見した当麻辰次郎の功績を讃えた碑です。実はここ川崎、特に多摩川沿いは梨の産地だったりするんですよね。ただ、今は住宅地が増え畑は減り、現地直売所では買えますがそれほど流通していなくて、お店では見かけないので地元以外で有名ではないですが。

こちらは「まり塚」。曲芸に使われた「まり」を供養する塚だそうです。

さらにこちらは茶道でお茶を点てるときに使う「茶筅(ちゃせん)」を供養する「茶筅塚」。こんなものまで供養塚があるとは。ある意味、川崎大師は火消し、芸能、茶道等いろんな団体からの信仰を集めていたことがわかりますね。

また、川崎大師ゆかりの著名人の銅像もあります。
こちらは「丘を越えて」「東京ラプソディ」「無法松の一生」などで戦前戦後に活躍した、NHK朝ドラの「エール」のモデルにもなった作曲家古賀政男。弘法大師の熱心な信者であった古賀政男は川崎大師賛歌を作曲奉納したそうです。

そして、こちらは通算24回優勝という偉業を残した昭和の大横綱北の湖ですね。ここ川崎大師の檀家であり、毎年年始に必勝祈願してたそうだ。個人的には先代の貴ノ花のファンだったので最強の北の湖が憎らしかったですね。でも、本当強かった。

また、著名な俳人の句碑も多く設置されています。こちらは正岡子規で

こちらは松尾芭蕉。これ以外にも高浜虚子などいくつかの句碑があるようです。昔から人気スポットであったこの寺に来ると一句詠みたくなるんでしょうね。

こちらは1984年に落慶した八角五重塔。青空に映える朱色がいいですね。

祈りと平和の像との共演も良いです。

ただ、土台も含む全体の写真を撮ろうとすると露店が入ってしまうのが残念。

訪問した日は菊花展開催中でさらに七五三参拝の時期だったので、露店がでるのは仕方ないかと思ったのですが、

毎月8日、20日、21日、28日は縁日で節分や7月の風鈴市の大きなイベントのほか、1か月あたり5~10件の行事が行われているようなので、毎日でないかもしれませんが露店が出ているみたいですね。

初詣の大混雑は避けたいが、ちょっと混雑している方が賑わっていていいですね。

(つづく)