未来そうぞう日記

知的障害を持った息子と巡る日曜の東京、神奈川周辺の散歩、未来予想(妄想?)、そして気になる話題を報告します。

江戸の公務で疲れたら、ちょっと息抜き小杉御殿

武蔵小杉散歩のつづきです。

 

府中街道を戻って再び中原街道と交わる小杉十字路へ。府中街道は多摩川沿いに武蔵国の中心である府中へ繋がる主要道で、一方中原街道は東海道の裏街道として重宝された道路。これら二つが交わるこの交差点周辺は江戸時代かなり賑わっていたそうです。現在賑わっている武蔵小杉駅周辺から1km以上離れていて、今は地方道の特徴のないただの交差点ですが。

それでも名残として周辺にはいくつか古刹があったり、

小さな祠や地蔵があちこちにあったりします。

この傍を流れる二ヶ領用水はやはり江戸時代、多摩川から離れた地域でもその豊富な水を農業に利用するために整備されたもの。近代になり工業用水として、現代は川沿いにソメイヨシノや河津桜等が植樹され市民の憩いの場として利用されています。

中原街道についてもう少し掘り下げてみます。この道は代々徳川家が平塚の別荘「中原御殿」に行くために通った道。参勤交代の大名行列に使われる東海道の煩わしさを避けるため、こちらを通っていたそうです。別荘に行く目的は鷹狩、今で言ったらゴルフに行く感じ。東海道だと途中、大名たちと鉢合わせて挨拶、食事会という「付き合い」で気晴らしどころじゃないですからね。


そして、この辺りも多摩川傍の鷹狩に適した土地。ここにも別荘「小杉御殿」を建てたそうだ。現在、小杉御殿の建物は残っていないが、地元の名士、原家の邸宅の門(陣屋門)は残っています。当時、原家は人の土地に入らず川崎大師まで行けたという逸話が残っているほど大地主で、この屋敷には中原街道を通る大名などが宿泊したとか。

こちらの奥の建物には当時の屋敷の屋根にあった瓦が展示されていますね。

また、近所には歴史的建造物がいくつか残っていて、

こちらは昔ながらの石橋醤油店です。今はやっていませんが、昔はここで醤油を作っていたそうです。

タワマン小杉のイメージとは違う昔ながらの小杉ですね。ちなみに小杉御殿の建物はなくても小杉御殿町という地名として残っていますね。

この中原街道ですが、最初に紹介した高杉十字路の手前(東京側)で、カクカクと直角に曲がるクランク状になっています。

こちらです。これは城などでよく見られる敵の襲撃に備えたカギの道ですね。ただ、襲撃に備える必要がない現代においては見通しの悪い危ない道路で、

直線で進める道路の工事を進めています。ただ、この工事、自分がこの近所に住んでいた2000年初頭頃に計画されたものだが、2026年現在まだ終わっていませんね。

このカギの道のわきにあるのは西明寺。

大きくはないが山門に仁王像もあり、この辺りでは有名な古刹です。あくまでも市町村レベルですが。

武蔵小杉周辺で聞く除夜の鐘はこちらの鐘ですね。ちなみに一般の人もつくことができます。

小さいですが庭の紅葉も綺麗で本当地元の癒しのお寺ですね。

(つづく)