未来そうぞう日記

知的障害を持った息子と巡る日曜の東京、神奈川周辺の散歩、未来予想(妄想?)、そして気になる話題を報告します。

ワーク・ワークバランス、本業と副業のバランスを考えることが長い目で今後のトレンドになりそう

3年前の2018年にこんな記事を書いていた。

dad-aslan.hatenablog.com

要約すると2020年頃には本業と副業のバランス「ワーク・ワークバランス」という言葉が流行るのではという未来予想です。

 

2020年の8月に再びワーク・ワークバランスに関する記事を書いていますが、参考にした旭化成ホームズさんのサイトで定義していた、対価が得られる有償仕事と家事、育児などの無償仕事のバランスのことをワーク・ワークバランスと表現してましたね。(この時は2018年に書いた記事のことはすっかり忘れて、ワークワークの表現が社畜を指す言葉だと勘違いしてました。)

dad-aslan.hatenablog.com

 

と脱線しましたが、本業と副業のバランスを指すワーク・ワークバランスは現実の2020年時点では流行らなかったですね。しかし、2018年では想像できなかったコロナパンデミックの影響を大きく受けて業務縮小→残業減少、さらに追い打ちをかけるように物価上昇がじわじわ進んだことにより副業を始めた人、または副業に興味を持つ人は記事を書いた2018年より大幅に増えた感じがします。また、リモートワークが一般化し、複数の事務所への通勤から解放された点は副業を始める大きな追い風になりましたね。

 

また、下記記事では本業と副業の時間配分パターンに関する言及もしてました。

dad-aslan.hatenablog.com

 

要約すると本業と副業の時間配分は下記4つのパターンに分類されると。

  1. 午前中は副業、午後は本業というように1日の時間を分割
  2. 月曜から木曜は稼ぐ仕事、金曜、土曜は副業というように1週間を分割
  3. 夏はリゾート地で副業、春秋冬は本業というように1年を分割
  4. 20、30代は本業(金稼ぎが主)、40代からは夢を追いかける副業と一生を分割

このうち4は少し前にビジネス記事でよく話題になっていたFIREを実現してセミリタイアするスタイルのことですね。また、関連してワーケーションの記事なんかも最近良く話題に挙がっていましたね。

 

今回、3年前の記事を紹介しましたが、本業と副業に関する話は今後3年くらいは世の中を賑わし、5年もしたら結構多くの人が一般常識としている「普通の話」になるかもしれませんね。

 

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(Picture By Pixabay

野毛坂で近代の歴史を知る

前回の横浜野毛散歩続き。

野毛坂を上ると何の変哲もないような石垣が見えますが、

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1890(明治23)年ころ作られた亀甲石積の擁壁で横浜市の認定歴史的建造物だそうです。

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確かによく見ると亀の甲羅のような六角形に切り出した石がキッチリ積まれていますね。明治のころとしては高度な技術だったのでしょう。

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先ほどの野毛坂交差点を20mばかり北に行くと細い路地があります。

こちらを進むと、

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野毛山不動尊、正式名 成田山横浜別院延命院があります。横浜開港後、港の発展と共に各地から移住者が集まったが、その中で成田不動尊を信奉する千葉や東京からの移住者の念願によって開設された遙拝所がこの寺の始まりのようです。

なんかこの写真だとランドマークタワーの横にあるように見えますが、

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実際はだいぶ離れています。高台に建っていて、ちょっと眺めがいいですね。

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こちらの絵馬は極彩色の不動明王です。

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本堂は大きくはないですが立派な造りです。数年前に完成したばかりだそうです。

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次に訪れたのは横浜市中央図書館。

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天井が高く開放感があります。また、建物中央が吹き抜けになっています。

市立図書館でも大都市横浜のフラグシップとなるとやはり違いますね。

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次に訪れたのは野毛山公園内にある野毛山配水池。浄水場から送られてきた水を各家庭に送る前に一旦貯めておく池だそうです。

と言っても今は使われおらず、中にも入れませんが。

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こちらはヘンリー・スペンサー・パーマー氏の胸像。1889年日本で初めて、近代的な水道を造った(厳密には建設を指示した)イギリス陸軍の工兵少将です。

つまり、ここは日本近代水道の発祥の地だそうです。

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そしてここ野毛山公園内の展望台。

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この展望台からこんな眺めが楽しめます。

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また、この展望台のそばには1964年、東京オリンピックのサッカー、バレーボール、バスケットボールの予選が横浜市で行われたのを記念して作られた記念碑があります。

そして、今年、東京オリンピック2020でもここ横浜ではサッカー、野球、ソフトボールの会場になりました。特に野球とソフトボールは両方とも決勝戦は横浜で行われ、日本が優勝するという輝かしい功績を残しました。

新たな記念碑がここに立つかもしれませんね。

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横浜は江戸末期以降の開港した後に発展した街。

その近代史の遺構がこの野毛には残っていますね。

 

 

みなとみらいの裏は昭和の街 横浜野毛散歩

今回の散歩は横浜の野毛です。

野毛という地名は横浜近隣に住む人以外ではマイナーですが最寄り駅は横浜のメジャー観光スポット「みなとみらい」と同じ桜木町駅、東側に行けば「みなとみらい」、西側に行けば「野毛」になります。

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駅改札を出て西側に行くと「野毛ちかみち」の入り口がすぐ見つかります。

野毛はこの看板のピエロに代表されるように「大道芸」で有名な街です。年1回催される野毛大道芸イベントは規模も大きく、Wikipediaによると愛知県の大須大道町人祭静岡県大道芸ワールドカップin静岡と並び、日本三大大道芸の1つに数えられているとか。(日本三大と言っても大道芸そのものがマイナーなので知名度は微妙ですが。)

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駅前には大きな通りがありますが野毛と言ったら

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こちらの路地。野毛小路には小さな飲み屋が軒を連ねています。

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こちらはショッピングセンター「ちぇるる野毛」ですが、

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竣工は昭和58年(1983年)。中はまさに昭和感満載の懐かしい感じです。

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こんな感じで野毛には昭和的な店がたくさんあります。

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時計屋というと高級感を前面に出した店構えが多いんですが、こんな田舎の雑貨屋みたいな庶民的なお店も。右側のメガネをモチーフにしたデザインもイケてます。

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こちらは昭和歌謡バーのバーカモメの看板。この絵は昭和時代にサントリーアンクルトリスで有名になった柳原良平氏のイラストです。どうやら柳原氏は無類の船好きということで横浜の山手に住んでいたとか。野毛から見て桜木町駅をはさんで反対側にある「みなとみらい21」のこの地名は一般公募で選ばれたものだが、選考委員であった彼が一次選考で落ちたこの名称を拾い上げ、強く推したことで最終的に採用されたという逸話があるとか。

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センスと言われても、もう少し看板をきれいにしたほうが良いような。。。

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地方に行くとたまに見ることがあるこの床屋の看板ですが、横浜の繁華街で見るとは思いませんでしたね。

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東京の神保町を除くとブックオフ以外の古本店はなかなか見られなくなりましたね。

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また、飲み屋が多いということは、、、JRAのWINS(場外馬券売り場)があったりします。

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そして、松葉寿司の前にある昭和の大スター美空ひばり銅像美空ひばり横浜市磯子の出身。この野毛にあった横浜国際劇場にて11歳でデビュー。こちらは12歳のときの主演映画「悲しき口笛」の燕尾服姿だそうです。

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12歳なのに貫禄がありますね。

実際、歌っている映像を見るとこの銅像以上に貫禄がありますが。

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ここからさらに南へ進むと京浜急行日ノ出町駅前の日ノ出町交差点に出ます。

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そして東側に行くと大岡川が流れています。

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この川も何か昭和っぽい感じがしますね。

(つづく)

 

暑いくらいに暖房を入れる北の国の人

今週のお題「あったか~い」

 

大学時代まで住んでいた静岡では富士山など山岳エリアを除き雪がほとんど降らず、また真冬でも日中ならば10度くらいまで上がるので、暖房に力を入れておらず実家ではコタツがメインでした。

 

とは言っても最低気温は氷点下を超える日も多く、寝るときはコタツでは役に立たず、息子ができてから帰省したとき耐えられずオイルヒーターを買って寄付してきました。

 

一方、北海道出身の人のあるあるのようですが静岡とか東京に来ると北海道の時より寒く感じるとか。どうやら、北海道では半袖Tシャツでも過ごせるくらい家の中はガンガンに暖房を入れるのが普通で、それに比べるとそこまで暖房を入れないこちらの家の中は寒いと感じるらしい。

 

これは欧州やアメリカの北エリアでも同じような感じらしく、冬に行ったイギリスやシカゴとかでもホテルやオフィスの暖房が暑いくらいでしたね。特にシカゴは連日氷点下20度を超える時期に行ったのですが(それでもピークは過ぎている)、オフィスに入り、コートを脱ぐとTシャツやブラウスで仕事をしていて、コーラなどの冷たい飲み物を飲んでいる人が多かったですね。

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(2月下旬のシカゴ。川に氷が浮いています。)

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(ミシガン湖の湖上の一部が凍っているのがわかります。)

 

個人的には石油ストーブやファンヒーターなどの燃焼系は酸素が減りやすいというのと上の方が温まりやすいということで頭がボーっとするので苦手なのですが、オイルヒーターや欧米でよく見たお湯を使ったセントラルヒーティングとかはいいですね。それでも暖房が強すぎて乾燥しやすいので、海外出張中は喉とかを傷めないように健康管理に気をつかいました。

 

それにしても北海道、欧州、アメリカ北部の人たちが暑いくらい暖房を入れるのは、冬の家の外は日中でも厳しい寒さと薄暗さで下がる気持ちを上げるための対策なんでしょうね。欧州の場合、天気が悪いだけでなく、緯度が高いので日が出ている時間が短かく、さらに太陽が地上に近い低い軌道を行くのでさらに暗く感じるとか。そうなると、家の中は暑いくらいにして陽気に過ごしたいという気持ちはちょっとわかります。

さらにクリスマスの飾りつけも盛大にしたくなるのもそんな理由からなんでしょうね。

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(こちらは恵比寿のウェスティンホテルのクリスマスツリーです)

 

ちなみに今はコロナ禍で外国人旅行者少ないですが、欧州からの日本に観光へ行くなら秋がベストシーズンですが冬も人気らしい。東京近辺ならば欧州に比べると暖かいし、快晴の日も多く富士山も綺麗に見れるからだとか。

日本人から見ると、ちょっと面白い感覚ですね。

(未来予想)気分明るくハイタッチ運動

2021年の妄想ブログ:

 

以前、某テレビ番組でコワークスペースのWeWorkが紹介されていた。WeWorkはU.S.発祥のフリーランスビジネスマン(ちょっと前の言い方で言えばノマドワーカー)などをターゲットにした仕事をする場を提供するサービス。

 

日本でのフラグシップである原宿のアイスバーグビルはおしゃれーな雰囲気のビル。大きな窓で明るく開放感のあるミーティングスペースにちょっと香り高い高級コーヒーサーバーが設置されていて飲み放題。こんなところで働くと仕事内容に関係なく、ちょっとイケテル人に見られそうな、そんなところです。

 

その建物のポイントはコミュニケーション。開放感があるつくりは異業種の人でも気軽にコミュニケーションをとりやすい、まるでアメリカ西部のサンフランシスコやシリコンバレーのあの空気を演出。廊下や階段も幅をちょっと狭くして、すれ違いざまに「ハイタッチ」をしやすくしているとか。。。

 

そして、最近そんなハイタッチが働き方改革のひとつとして、いくつかの会社で取り入れているという記事がニュースサイトにアップされていた。このハイタッチは気分だけでなく、モチベーションや仕事効率も上げるとかで、そんな効果を狙っていくつかの企業で「ハイタッチ運動」として取り入れているそうだ。(○○運動というのが、昭和の工場っぽいが)

 

社員の反応はというと最初、年配の男性あたりはかなり躊躇していたが二週間もすると、そのような「おっさん」たちがかなりノリノリで、率先してハイタッチをするようになったとか。仕事の効率が上がったかどうかは不明だが雰囲気は改善されたとか。

 

コロナ禍で接触制限とリモートワークも加わり、物理的にも精神的にも遠くなっていた社員間の距離が縮まるのに一役買っているようですね。

 

(2018年9月29日の記事を加筆、再掲載)

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(こちらは乃木坂のwework)

アミューズメントパーク吉原遊郭

前回の吉原遊郭散歩続き。

 

こちらが吉原遊郭の入り口「吉原大門(おおもん)」の跡地です。

道路脇の最近作られたと思われる二本の柱に「よし原大門」と書いてあり何とかわかりますが、大きな特徴もない小さな商店がいくつかありそうな普通の道路ですね。

かろうじて赤い電灯がそれらしい雰囲気を演出しているでしょうか?

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改めて歴史を紐解くと吉原は江戸幕府公認の遊郭で、元は日本橋近く(日本橋人形町付近)にあったそうですが、武家屋敷の近くまでエリアが拡大しイメージダウンを嫌ったためか移転を決定したとか。そして、この浅草の外れのこのエリアに引っ越してきたそうで、前の日本橋付近を「元吉原」、そしてこちらを「新吉原」と呼んでいたそうだ。

遊郭と言うと風俗街を思い浮かべるが、当時の吉原は最新のファッション、踊りや歌と流行の発信基地であり、赤を基調とした派手な建物に花魁の豪華な衣装などで非日常を演出した街だったとか。吉原神社の解説によると吉原に訪れる人々の約七割は見物目当だったと。アミューズメントパークというか「夢の国」か、一度は見てみたい有名観光スポットでだったんでしょうね。

また、文化人による句会等の文化交流も頻繁に行われていて、そのため和歌や茶の湯などに精通した遊女もいて、幕府のお偉いさんの社交場としても使われていたそうです。

その後、明治以降は社交場としての役割は赤坂や神楽坂などの花街に移り、さらに1957年の売春防止法施行により遊郭としての歴史を閉じました。

それでも現在、新宿などの繁華街ほどではないですが「夢の国」ならぬ「泡の国」の店として残っています。

ということで、歴史的興味で吉原を訪ねる場合は昼間に来ることをお薦めします。また、このエリアにある「案内所」は観光案内所ではないので、くれぐれも誤って入らないように。(そんな間違いをする人はいないと思いますが)

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大門から東に向かうと、土手通りと交差します。この右手にあるガソリンスタンドの横には、

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見返り柳があります。遊び帰りのお客がここで振り返り、別れを惜しんで遊郭の方を見たからこの名前がついたとか。

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ちなみに、ここから見ると道路が大きく曲がっているので遊郭は見えないようになっています。これは土手通りを通る大名や将軍たちから見えないようにする工夫だとか。一方、遊郭に行くお客にとってはこのカーブの先に夢の国があるとワクワクドキドキしながら歩いた道なんでしょうね。

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次に土手通りを少し北東方向に歩くと、古い建物の前に行列ができています。

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こちらは土手の伊勢屋さん。創業は1889年(明治22年)の老舗天麩羅屋です。

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その隣桜肉鍋(馬肉鍋)の中江さん。ここも創業は1905年(明治38年)の老舗です。

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さらに北東に進むと歩道にあしたのジョー矢吹丈が。ここは丹下拳闘クラブがあったとされる泪橋から約500mのところになります。この辺り一帯は「山谷のドヤ街」と呼ばれるところで、一応ここはあしたのジョーの聖地みたいです。

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正面から見ると似てない。。。

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土手通りと並走する細い道からスカイツリーが見えます。

これが現代の下町の風景ですね。

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ここから南西に進むと、途中から脇が細長い山谷掘公園になっています。

途中、こんな船型のベンチがあったり、

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ちいさな猫の像があったります。

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そして十数分歩くと待乳山聖天(まつちやましょうでん)に到着します。正式名は本龍院歓喜天(聖天)が祀られています。

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このお寺は鬼平犯科帳で有名な小説家の池波正太郎の生誕地でもあります。

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こちらの大根は聖天様へのお供え物だそうです。

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この寺の向こうは隅田川言問橋を渡りまっすぐ行くとスカイツリーですね。

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昔は吉原に行くのに隅田川から船で来た人も多かったとか。

江戸へ来たら昼間は浅草寺、夜は吉原という鉄板観光コースだったんでしょうね。

遊郭編が始まる前に吉原を探索

今回は、まもなく始まるアニメ鬼滅の刃遊郭編を前にその聖地というかモデルになった吉原を訪ねてきました。

 

吉原遊郭は映画や時代劇ドラマで度々登場していて有名なのですがこの「吉原」という地名は残っていません。現在の住所で言うと東京都台東区千束あたりで浅草の外れという感じですね。この辺りに一番近い駅は東京メトロ日比谷線入谷駅ですが今回は上野駅から南千住駅行き「上46」都営バスで行きました。

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浅草四丁目のバス停で降ります。ここは浅草と言っても観光エリアから外れています。普通の商店街ですね。

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というかそばの交差点には250円の弁当屋とか、もう下町ですね。

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また、近くには建物はそれほど古くないですが、こんな昔ながらの雰囲気のおもちゃ屋があったりします。

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浅草四丁目のバス停から徒歩5分くらいのところに第一目的の新吉原花園池の跡地があります。先ず、ここで目に入るのは観音像。この吉原観音は関東大震災で火事を逃れるため池に飛び込み、溺死した約490人の人の霊を鎮めるために作られたそうだ。その中には遊女も含まれていたそうで吉原遊郭の悲しい歴史の遺物ですね。

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こちらは吉原弁財天。昔は池の中に島があってそこにあったのかも。

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建物の壁の絵が派手な色使いで良いですね。

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本殿も遊郭を思われる色使い。

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大きな鈴についている縄には小さな鈴が文字通り鈴なりになっている。

派手な演出が好きなんですね。

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本殿の前には小さな池があり、有志の人たちによって寄付された見事な錦鯉が元気よく泳いでいます。

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そしてここから北に1分歩いたところに吉原神社があります。

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公式サイトによると、かつてこの吉原には入り口となる大門の玄徳、そして遊郭の四隅の榎本、明石、開運、九郎助の五つの稲荷社が遊郭の守護神として存在していたが、明治5年に合祀され「吉原神社」となったそうだ。

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また、こちらの神社には「逢初桜」という桜の木があります。

逢初とは恋焦がれている人に初めて会うという意味で、以前は吉原入口の玄徳稲荷社脇に植えられていて遊女との良い出逢いを叶える桜として崇拝されていたようですね。

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今のこの木は平成24年に植樹された枝垂れ桜だそうです。

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そして、3分くらい西に行ったところにあるのは「酉の市」で有名な鷲(おおとり)神社

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酉の市と言えば商売繁盛を招く熊手ですね。(こちらは江戸東京博物館のもの)

よくニュースで熊手を求める大勢の人で賑わう映像が流れますが、それほど広くはないですね。コロナがもう少し鎮まった来年あたり見に行ってみたいですね。

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こちらは御社殿。近くの浅草寺と比べてこじんまりしています。

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でも、賽銭箱の上に鎮座する「おかめ」を見ていると、浅草寺に負けないくらい大きなご利益がありそうな気がしますね。

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それにしても商売繁盛の熊手も含め、赤を基調にした派手な感じが吉原遊郭という感じですね。

(つづく)