未来そうぞう日記

知的障害を持った息子と巡る日曜の東京、神奈川周辺の散歩、未来予想(妄想?)、そして気になる話題を報告します。

(未来予想)2020/8/19の答え合わせ マンション向けの家飲みキッチンカー

昨年秋、スーパーにキッチンカーのお弁当売りを予想しました。

dad-aslan.hatenablog.com

これに少しだけ近いコンセプトのビジネスのニュースがありました。

response.jp

スーパーではなくマンション向けで、弁当ではなく夕方のお酒と食事ということですが、オフィスではなく在宅のワーカーをターゲットにしている点で似てるということで紹介しました。

 

50%くらい予想が当たったという感じですね。

日本人がダイバーシティー(多様性)が苦手な理由は?

少し前の記事で少し書きましたが今回は職場におけるダイバーシティー(多様性)について取り上げたいと思います。

 

ダイバーシティーとは、欧州や北米では様々な人種や宗教、信条が異なる人たちが集まって企業組織を構成していますが、その違いを受け入れ、多様な人材を活用し、企業活動を活性化することらしいです。

 

当初、日本では男性社会だった企業に、男性とは異なる考え方を持った女性人材を活用していくことをダイバーシティーと若干異なる意味で使っている企業もありました。しかし、最近では女性だけでなく外国人や障害者、また家族やプライベートを大切にするという今までの会社人間とは異なる考えを持った人たちも含めた人材活用を指すケースも増えてきました。

 

しかし、このダイバーシティーが上手くいっていないと度々聞きますが、いろいろ調べると「取り組み方」に問題がありそうな気がします。

 

この悪い取り組み方の一つとしては仕事の進め方や考え方は変えずにできない人はスキルアップをして、できる人はそれでも足りない分を穴埋めしてもらうという方法です。確かにそれならば、できる人もできない人も全員で参加できますが、現実的にはできない人は改善されず、単純にできる人の負荷が高くなって、体調を壊したり、他の企業に転職するなど「上手くいかない」という結果になります。

 

また、別の悪い取り組み方として、誰でもできるようにマニュアル化する方法です。確かにこれは良さそうな方法です。しかし、定番製品を工場で大量に製造するケースであったり、ファーストフード、ファミレス、ビジネスホテルなどリーズナブルな(安いけど、そこそこの品質)の時代によって大きく変わらないホスピタリティー(おもてなし)を提供するケースであれば、誰でも対応可能なパターン化したマニュアルを作ることができますし、またマニュアル作成にコストがかかっても薄利多売で費用回収をすることができますが、そうでなければ苦労して作った高度なマニュアルに対応できる人が少なかったり、すぐに陳腐化して使えなくなったりで、挙句の果てにマニュアルで対応できるように製品やサービスのレベルを下げるという暴挙に出て、その結果惨敗に。

 

どうして、このような取り組みになるかと言うと、どうやら欧米と日本で前提が大きく違うようです。欧米ではスキルや考え方が異なるのは当然で、それを前提で、それを受け入れた上でどう生かして、どう対応していくかという考え方です。それぞれの信条や取り組み方を尊重し、得意、不得意を考慮したルール決定、ツール選定、役割分担、人員配置をすることで人材の祖力を最大限引き延ばすという考え方です。

 

これに対し、日本は厳密には言語も民族もひとつではないけれど、いわゆる日本人という共通の価値観があるので大きな差がないという考えと、さらに努力さえを怠らなければレベルアップできるという考えも加味されて、上記の2つの方法でも十分対処できると思っているようですね。

 

 

一言で言うと、 昭和のころの巨人の星のような努力だけで解決するスポ根の考えや機動戦士ガンダムアムロだけに負荷をかける方法から脱却できないとダイバーシティーは難しいということでしょうか。

 

令和は難しくても平成の世界に早くなって欲しいですね。

 

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藤沢本町 遊行寺(清浄光寺)

前回の藤沢本町散歩続き。

国道467号線から脇道に入ると赤い欄干の遊行寺橋が見えます。

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こちらの道が旧東海道にあたり、さらに進む藤沢宿交流館があります。この時は中に入らなかったのですが、この施設では東海道五十三次藤沢宿に関する様々な資料を展示されているそうです。

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そして、交流館の目の前に遊行寺の門があります。

遊行寺の正式名は清浄光寺、鎌倉仏教のひとつ「時宗(じしゅう)」の総本山になります。遊行上人とは時宗トップの指導者に対する敬称であるが、清浄光寺法主である藤沢上人が代々遊行上人を継承しているということから、この寺を遊行寺と呼ぶようになったとか。

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門を抜けると遊行寺いろは坂と呼ばれる長い石畳の坂があります。

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石畳の途中には真徳寺の赤門があります。

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いろは坂の上からの眺めです。緩やかだが長いので結構の高さがあります。

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入り口には樹齢700年(一説には500年)と言われる大銀杏があります。700年前と言ったら鎌倉時代ですね。この寺が1325年に開かれたのでその頃からあることになりますね。

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入り口左手には市の指定文化財の中雀門(右)があります。皇室の深いつながりを示す菊の御紋が屋根に刻まれています。

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横の黒門から中に入って覗いてみると、寺ヨガの看板があったりします。

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また、左手奥にはお寺の敷地内ですが宇賀神社もあったりします。

日本の宗教はこのような寛容性があるのは面白いですね。

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こちらが本堂です。総本山だけあって立派です。

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ここから藤沢の市街地が見えます。昔も宿場町だったので賑やかな街だったでしょう。少し街道から小高いところに神社や寺があるのは鉄板ですね。苦労して上ってきたところに神様や仏様が祀られているシチュエーションはなんかそれだけでご利益がありそうです。

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こちらは絵馬です。丸い形は珍しいですね。

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こちらの右側の建物内に「ひぎり地蔵菩薩」が祀られています。一定の日数を限って毎日参拝すると願いが叶えられるということで「ひぎり地蔵菩薩」らしいです。中での写真は撮れないのでこの記事に載せていませんがかなり立派なお地蔵様です(こちらの公式サイト参照)。

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そのわきには「なでなで地蔵」もあります。おそらく、こちらは体の悪いところをさすると良くなるという地蔵様ですね。

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そして、時宗の開祖である一遍上人銅像です。

一遍上人と言えば踊り念仏でしょうか? 南無阿弥陀仏と唱えるだけで極楽に行けるというシンプルな教えは当時の多くの庶民の心に響いたんでしょうね。

キリスト教で言えば厳かな聖歌よりゴスペルという感じでしょうか?

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(つづく)

青山でHonda F1黄金時代を懐かしむ

今回は青山散歩です。

緊急事態宣言が明けて久しぶりの東京散歩です。

国道246号線、通称青山通りの地下を並走する東京メトロ銀座線、半蔵門線と、外苑東通りの地下を走る都営大江戸線交わるところが、地上では青山一丁目交差点であり、地下は青山一丁目駅となります。

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この交差点の南西にあるビルはホンダの東京本社ビルです。

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そして、こちらの1階は製品展示などのイベントを行うためのHonda ウエルカムプラザ青山というスペースになっています。

今回こちらで開催している「Honda F1 2021 2nd Stage ~夢は挑戦の先にしかない~」を見てきました。

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このイベントは歴代のホンダのF1レーシングカーを展示する企画で、早速正面玄関の前には スクーデリア・アルファタウリ・ホンダのマシーンが展示されています。

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チームのオーナーはエナジードリンクで有名なレッドブル。ただし、レッドブルのセカンドチーム。成績次第ではトップの「レッドブル」チームと入れ替わることができるが現在6位。正規のレッドブルチームの2位にはまだまだ及ばない感じだ。

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中に入り右側を見ると1986年のウイリアムズ・ホンダ FW11。

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そして1987年のFW11B。このときのドライバーはネルソン・ピケナイジェル・マンセル。1986年に初めてHondaのエンジンはコンストラクターズ(チーム)ランキングで一位になり、次の年も連覇。

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そして、パートナーをウイリアムズからマクラーレンに変更。

1988年から91年まで4連覇したマシーンがずらりと並ぶのは圧巻です。

(F1ファン以外では大した感動はありませんが)

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こちらは1988年のMP4/4。このころから個人的には友人の影響を受けて、このころからフジテレビの深夜中継を見るようになりました。

このときのドライバーはアイルトン・セナアラン・プロスト。最強マシンに2人の最強ドライバー。チームは16戦中15勝と圧倒的な強さでした。チーム戦の決着が早々について終盤は同じチーム内の2人のドライバーのどちらが強いかという争い。マシン性能は基本同じなのでドライバーの純粋な力の戦い。見ていて熱くなりました。毎回、本当、月曜の朝が辛かったです。

このとき勝ったのはアイルトン・セナ。最終戦の一つ前の日本GPで1位フィニッシュで決め、初のワールドチャンピオンに輝きました。

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こちらは1989年のMP4/5。このときのドライバーもセナとプロストの同じチーム内のバチバチのガチンコバトル。序盤から他チームは脱落し、注目はこの二人のどちらが勝つかでした。

結局、プロストが優勝しましたが、勝負が決まった日本GPでの接触があったりと両者の確執は凄かったですね。ひとつの国に2人のキングはいらないという感じで。

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こちらは1990年のMP4/5B。この年、プロストフェラーリに電撃移籍。ドライバーはセナと逆にフェラーリから移籍したゲルハルト・ベルガーに。

前年までパッとしなかったフェラーリプロスト・マンセルの2人でHondaと対決。マシンも含め個性の違う者同士が戦うのはやはり面白かったですね。

それでもコンストラクターズもドライバーズも制したのはHondaとセナでした。

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こちらは1991年のMP4/6。マンセルがウイリアムズ・ルノーに移籍。マクラーレン・ホンダフェラーリ、ウイリアムズ・ルノーの3大巨頭の戦いが熱かったです。このとき個人的には粗削りで勝つか負けるかのギャンブラーな走りのマンセル推しでした。

結局勝ったのはHonda&セナでしたね。

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それにしてもコクピット小さい。ハンドルの幅しかないですね。

風の抵抗を考えてかバックミラーも名刺くらいの大きさです。

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タイヤはグッドイヤー。懐かしい。

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マルボロも懐かしい。2006年を最後にタバコ広告は禁止になったのでもう見ることはないですね。なお当時はF1中継中もタバコのCMは多かったです。

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こちらは2021年、最新のレッドブルのマシン。

今年はHondaのF1参戦最後の年。

10月初め時点では2位ですが是非コンストラクターズで優勝して欲しいですね。

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フレームの素材はカーボンに。質感が大きく変わりましたね。

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ノーズの形状も段差があって面白いですね。

中継するテレビの解像度が上がったためか小さな広告ロゴが入っています。

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ハンドルというよりゲームコントローラーな感じがしますね。

あまり一般視聴者が知らなくても良いデータベースシステムのORACLEがスポンサーなのも興味深いですね。

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タイヤはPIRELLIです。

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その他、2019年のエンジンRA619Hも展示されています。

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今回のイベントはF1マシンの展示でしたので使われていませんが、大画面モニターとステージもあります。

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また、カフェとグッズショップも併設。

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こんな精密なスーパーカブの置物も。一瞬財布のひもに手がかかりました。

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最後にアンケートに答えると、こんなステッカーがもらえます。

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このイベントは10/18(月)まで。入場料は無料です。

80年代後半のHondaのF1黄金期を知っている人は是非行ってみてください。
(つづく)

 

日本も定年という考えがなくても良い社会になるといいのに

前回に引き続き定年の話。

 

前回、年功序列で就いた管理職が老害にならないように役職定年(管理職としての定年)があるとどうかという話をしたが、定年制度そのものは個人的には反対ですね。

 

いつまで働けるかは健康状態や資産状況などによって変わるので人それぞれだと思います。まだ元気でやる気も仕事をこなす力もあるのに60歳や65歳で仕事を辞めなければならない、または雇用形態を変えて仕事は同じなのに給料を下げるという制度はどうなのかなと。

 

一方、50歳近くなり同期が集まると病気自慢に花が咲きますが、人によっては体を壊さないまでも毎日フルタイムで働くことが肉体的に精神的にツライという人たちもいます。その人たちから考えると60歳、65歳まで働くというのは緩やかな拷問ですよね。

 

そもそも定年前に仕事を辞めることはできますが、日本だと金銭面で3つの問題、①まだ年金が貰えない、②年功序列の恩恵が受けられない、③自己都合退職のため退職金が大幅減額される問題があります。

 

このうち、①については諸外国で同じ事情で財源なども考えるとこれは仕方ないかと思いますが、②、③については日本特有の問題ですね。日本でもFIRE(経済的に自立して早期にリタイアする)という言葉をよく聞くようになりましたが②、③のことを考えると40代後半から50代前半は二の足を踏んでいるようです。そして、その人たちはそのつもりが無くてもそのまま会社に残り老害になっていくという悪い流れを生んでいるようです。

 

私は運よく早期退職プログラムで③は会社都合で減額されず、②をフォローするというわけではないが少しだけだが退職金の上乗せがあることから会社を辞めることを決め、それでもアーリーリタイアできるほどの経済的余裕はないのが、セカンドキャリアとしてある程度自分がやってみたい仕事に転職することができました。

 

また、定年問題でもうひとつ日本独自の課題は④転職しにくい、人材の流動性がないことですね。定年まで一社で働き続けることが良いという風潮があるためか、定年前の転職は悪とまでいわないが、大企業を中心に好ましくないと思われているようですね。

 

なんでも海外の真似をすれば良いというわけではなく、日本式の年功序列+終身雇用定年制度は仕事の安定性を生み出し、第二次大戦後の日本の成長に大いに貢献したとは思います。しかし、寿命が延びることに伴い定年も延長、一方でITの発展により海外の国との競争が激化、さらに21世紀の産業革命と呼ばれるパラダイムシフトが現実味を帯びてきた現代では企業内の新陳代謝が起きにくいこの制度はかなり厳しい制度だと思います。

 

ただ、②の年功序列の扱いはかなり変わってきたような気がしますが、③の自己都合の退職金減額のルールや④一生涯一社は正義という考えがまだまだ大企業を中心に残っているようです。こちらは早く改善されるというですね。

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歯医者に行くのが嫌だった

今週のお題「今月の目標」

 

今月の目標は歯医者に通うことの再開です。

 

実は昨年20年以上行っていなかった歯医者に通い始めました。どうも歯医者に関して悪い思い出ばかりだったので避けていたのですが、一念発起して通うことにしました。

 

思い起こせば小学校に上がる前の晩秋。上の前歯はまだ乳歯で生え変わる気配がない。このままいくと抜ける順番が悪いと歯並びに影響がるということで初の歯医者へ。そこで健康な前歯6本を強制的に抜く拷問ではなく治療を受けました。当時(1970年半ば)、麻酔はあったかもしれませんが目茶苦茶痛く、血もドバドバ状態で、口は大きく腫れました。

普段、お笑い芸人のように良く喋っていたので、喋らせないようにこんなことをしたんだと母親に八つ当たり。その勢いで当時珍しかった自動販売機の150円ハンバーガーをねだって買ってもらいました。先日、相模原市でバカップルが破壊したあのハンバーガーです。そのころおやつの上限が50円(オマケ付きグリコのキャラメルが買えるくらい)だったので、自分としてはかなりの贅沢でした。

 

そして学生時代。虫歯で自宅から一番近い歯医者に行くことになりました。そのときはそれほど痛くはなかったのですが腕が悪く、治療後、奥歯が浮いた感覚がありました。

 

さらに社会人になって金曜の一斉定時退社の後、会社の帰りに寄ることができる歯医者を選び、その奥歯の修正と別の虫歯を治療をお願いしたのですが、毎回涙目になるくらい痛くてある程度の処置が終わったところで行かなくなりました。

 

それから約20年、体調が悪いと歯茎が腫れ、歯も痛くなる症状が時々出るのを騙し騙し過ごしていたが、昨年2つ前の会社の退職を機に時間ができたので歯医者リベンジを決意。今度は事前にネットで評判を調査。利用者の評価だけでなく、施設が古くなく、ドクターも最近の治療方法も知っていてかつ実績を積んでいそうな30代後半から40代に限定し、今の歯医者を見つけました。

 

実際通い始めたのですが結論から言って非常に良かったです。

先ず、30分単位で予約をしますが待つことがほとんどない。このため、待合室で歯を削るキーンという聞かされることがありません。(そもそも歯を削ることを以前よりしないみたいですが)

次に、痛くない。痛くなるような処置が少ないし、痛くなりそうな時は麻酔をかけてくれます。

また、治療方針や詳しい治療方法もちゃんと事前に説明してくれるところもいいですね。以前は二言三言の説明で神経を抜かれましたから。(ちなみに最近は神経を抜く治療は極力避けているとか)

 

そんな感じで良かったのですが、その後転職先で仕事が忙しくなって中断。いや、厳密には忙しいというより突発的な残業時間での打ち合わせが入って、何度もキャンセルが重なって億劫になったというのが正しいです。

 

そして、さらに転職して残業時間帯に突然打ち合わせが入るという状況から脱し、緊急事態宣言も解除されたということで、歯医者通いを再開したいと思います。

 

。。。が、昔のトラウマとの戦いがあるので、気持ちを決めてから予約の電話を入れるまであと2、3日かかりそうです。

 

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(虫歯に悪そうなベルギーのワッフル)

藤沢本町 義経推しの白旗神社

今回は藤沢本町駅周辺です。

藤沢本町駅小田急江ノ島線、隣はJR東海道本線も停まる藤沢駅です。

駅名の由来は藤沢市本町の住所名からきていますが、住所は「ほんちょう」と呼ぶのに対し駅名では「ほんまち」と呼びます。ちなみに駅のある場所は藤沢市藤沢三丁目で本町は駅より南側のエリアになります。

駅には本日の目的の一つである白旗神社の広告看板もあります。f:id:dad_aslan:20210922223354j:plain

駅はこじんまりしています。

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駅前の商店街も小さな店が並んでいます。味のある店が多いですね。

しかし、こんな細い道ですが旧厚木街道です。

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厚木街道を東に進むと旧八王子道(国道467号線)と交差。

そこを北に少し行く白旗神社があります。

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狛犬がスマートです。

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立派な石造りの入り口道路に鳥居や敷地の広さの割には本殿は小さめです。

それでも金箔の装飾を施すなど豪華なつくりの本殿です。

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そして、こちらの神社の祭神は寒川比古命源義経

源義経は許しを得るための腰越状を兄頼朝に送ったのですが(先日の記事参照)聞き入れもらえず、若いときに過ごした奥州平泉(岩手県)に逃げ延びます。そこで奥州藤原氏第3代当主の秀衡に厚いもてなしを受けますが、秀衡が亡くなると息子の泰衡に裏切られ、義経は自害します。

義経の首級は鎌倉腰越に送られ、首実検(本人かどうか確認)の後、弁慶と共にこの付近に葬られたという伝承があり、やがてこちらの神社で祭神として祀られるようになったそうだ。

ここでは弁慶もセットで銅像になっています。

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義経と言うと悲劇のヒーローとして後の作家たちの恰好のネタとなり、吾妻鏡などで描かれていますが、どんどんイケメン度がアップし、ジャニーズアイドル並みの推しメンに仕上がっています。

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実際はこんな感じのショボイおっさんです。背もマジ小さかったので上げ底の靴を履いていたという話もあるとか。

それでも戦の才能があり、有能な弁慶が一目置いて仕えていたことを考えると、見た目は兎も角、推しメンにしたくなる魅力があったんでしょうね。

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(中尊寺所蔵の義経像。Wikipediaより)

 

こちらには義経の霊を鎮める碑があります。

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神社を出て、南に向かいます。

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野菜などの種を売っている店がありますが、

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看板に歴史を感じます。

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この店のそばの白旗交差点ですが、ここで旧東海道と交わります。

厚木街道、八王子道、東海道が交わる交差点として昔はかなり重要な場所で、この辺りは賑わっていたのではと想像できます。

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また、この交差点のすぐそばには義経の首を洗ったという伝説が残る井戸があったりします。そういえば義経は最後不遇な人生だったにも関わらず、平将門菅原道真のように怨霊になって世間を騒がす都市伝説はあまり残っていませんね。悲劇のヒーローというイメージを壊さないようにしているかも。

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(つづく)